01 / 蟠龍寺跡
宇治から茶の実を持ち帰ったと言われる住職の寺は、高さ約5mの石垣の上にあった。

村指定史跡第2号。高さ約5m、長さ約50mの石垣の上の茶畑が寺屋敷の跡で、寛文5年(1665)に中興された臨済宗の寺でした。白川茶は約450年前、この寺の住職が宇治から茶の実を持ち帰り、里人に栽培を勧めたのが始まりと言われます。
- 石垣の高さ約5m・長さ約50m
- 寛文5年(1665)に中興
- 白川茶は約450年前と言われる
01 / 蟠龍寺跡

村指定史跡第2号。高さ約5m、長さ約50mの石垣の上の茶畑が寺屋敷の跡で、寛文5年(1665)に中興された臨済宗の寺でした。白川茶は約450年前、この寺の住職が宇治から茶の実を持ち帰り、里人に栽培を勧めたのが始まりと言われます。
02 / 播隆の名号塔
天保6年(1835)建立の名号塔。「石造物はすべて破壊せよ」という苗木藩の命令に背き、村人は近くの川に伏せて隠しました。増水で名号が表になるたび川岸に引き上げて供養し、昭和3年(1928)に再建。銘は槍ヶ岳の開祖として知られる播隆上人の手と伝えられます。
03 / 越原ハナノキ自生地
穴沢谷の源にあたる標高約700mの山地で、ハナノキがアカマツやカエデ類とともにオオミズゴケ型の湿地に育ちます。雌雄異株で、4月下旬から5月上旬に若葉に先立って真紅の花が咲きます。1922年に国の天然記念物に指定され、1980年に村の木になりました。
くらし
1889年に神土・越原・五加の3村が合併して生まれた村で、総面積8,709haのうち山林は7,807ha。役場は標高330m、最高は1,132mで、積雪が30cmを超えるのはまれです。玄関口は東白川村役場の停留所で、白川町のJR白川口駅から濃飛バスで30分です。
2015年より −10.8%
3,196 → 2,016人
うち可住地 9.02km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
人口1万人あたり 9.9
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は東白川村公式『交通アクセス』(https://www.vill.higashishirakawa.gifu.jp/syoukai/access/)が載せる『おでかけしらかわ ひがししらかわ 定期運行バス 時刻表(2026年1月13日改正)白川東白川線』(濃飛バス。PDF https://www.vill.higashishirakawa.gifu.jp/files/upload/6969dccd-49e4-495f-a3d0-6416ac100234.pdf )。白川口駅→東白川村役場の列を目で読んだ(PDFは文字層あり・運行日の欄の『土日祝運休』は画像で列を確かめた)(2026-10-15 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
10.9km
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