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よみもの

21361 / たるいちょう

岐阜県 不破郡

垂井町

軍師の子の陣屋に、櫓門と石垣が現存する。

竹中氏陣屋跡|垂井町岩手

Photo by Monami (CC BY-SA 3.0)

01 / 垂井の泉

11世紀、美濃国司が泉を詠んだ和歌が伝わる。

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Photo by Monami (CC BY-SA 3.0)

県指定の史跡で、清澄な水が湧きでる泉です。11世紀に美濃国司の藤原隆経が泉を詠んだ和歌が伝わります。観光協会は、「垂井」の地名はここから生まれたといわれると紹介しています。

  • 県指定史跡 1968年8月6日
  • 岐阜県の名水50選
  • 11世紀の和歌

02 / 垂井追分道標

「是より右東海道大垣みち左木曽街道たにぐみみち」と刻む石。

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Photo by Haya4 (CC0)

宝永6年(1709)に垂井宿の問屋・奥山文左衛門が、中山道と美濃路の追分に建てた自然石の道標で、町指定の史跡です。美濃路は、垂井宿から東海道の宮宿までを結ぶ脇街道でした。

  • 町指定史跡 1987年4月8日
  • 宝永6年(1709)建立
  • 自然石の道標

03 / 表佐太鼓踊

雨乞いに始まる踊りは、体にくくった大太鼓を打ち鳴らす。

県指定の重要無形民俗文化財で、毎年10月の第1日曜に行われます。干ばつの際に雨乞いで太鼓を打ち鳴らしたのが起源の祭りで、大太鼓を体にくくりつけ、音頭にあわせて踊りながら打ちます。

  • 県指定 1976年6月4日
  • 毎年10月の第1日曜
  • 雨乞いが起源

くらし

名古屋まで、乗り換えなしで41分。

  • 人口3万人規模
  • 郡部の町

不破郡の町で、面積は57.09km²。森林原野が57.1%(令和5年10月)を占めます。玄関口はJR東海道線の垂井駅で、町は「垂井駅下車」と案内します。名古屋駅からは乗り換えなしで最速41分です。

住んでいる人
26,402人
19952020

2015年より −4.2%

28,736 → 26,402人

面積
57.09km²

うち可住地 24.22km²

2024年

世帯数
9,580世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
3.8万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所15

人口1万人あたり 6.4

2023年

面積57.09km²うち可住地24.22km² / 42%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの垂井町35.366°N 136.538°E
東京垂井町
垂井駅
垂井駅2017年
  • 名古屋までJR東海道線41分

所要時間はJR東海『アクセス検索』(https://railway.jr-central.co.jp/timetable/nr_doc/search.html の検索結果。事業者公式)。垂井駅↔名古屋駅を、出発時刻を5〜20分ずつずらして1日ぶん(4:30〜23:50)引き、『乗換:0回』の列車だけを数えた。平日(2026-10-21 水)・土曜(10-24)・日曜(10-25)で比べた(2026-10-15 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

垂井町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

11.6km

大垣市・関ケ原町・揖斐川町・池田町・養老町

垂井町は、こういう町です。

  1. 01竹中氏陣屋跡は、豊臣秀吉の軍師・竹中半兵衛の子の重門が構えた陣屋の跡で、県指定の史跡。櫓門や門扉、濠、石垣は幾度かの修復を経て現存すると町は紹介し、北西の菩提山には半兵衛の居城跡がある
  2. 02垂井の泉は県指定の史跡で、11世紀に美濃国司の藤原隆経が泉を詠んだ和歌が伝わる。垂井追分道標は、垂井宿の問屋が宝永6年(1709)に中山道と美濃路の追分に建てた町指定の史跡
  3. 03表佐太鼓踊は県指定の重要無形民俗文化財で、雨乞いの太鼓が起源。町内には奈良時代の美濃国の役所の遺跡である美濃国府跡や、芭蕉が1691年に訪れた本龍寺の作り木塚もある

気になったら、町に聞いてみませんか。