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よみもの

21502 / とみかちょう

岐阜県 加茂郡

富加町

四天王のうち、二天を安置する門。

清水寺|二天門

Photo by 先従隗始 (CC0)

01 / 夕田茶臼山古墳

墳長39.5mの前方後円墳は、築造方法に弥生の墳丘墓の伝統を引き継ぐ。

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Photo by 大野 一将 (CC BY-SA 4.0)

夕田墳墓群は川浦川左岸の丘陵に築かれ、蓮野1号墳と夕田茶臼山古墳の2基が2022年に国史跡に指定されました。茶臼山古墳は3世紀中頃の築造で、町は築造方法が弥生時代の墳丘墓の伝統を引き継ぐと説明します。

  • 国史跡 2022年11月10日指定
  • 墳長39.5m
  • 3世紀中頃の築造

02 / 半布里戸籍

役場庁舎の建設で見つかった村の跡は、702年の戸籍の里の一部かと注目された。

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Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

大宝2年(702年)の戸籍は奈良の正倉院に残り、54戸1,119人の氏名・続柄・年齢などがほぼ完全な形で伝わります。半布里は今の富加町にあたるとされ、役場周辺の発掘では竪穴住居など157棟が確認されたと町は記します。

  • 大宝2年(702年)の戸籍
  • 54戸・1,119人
  • 竪穴住居など157棟(役場周辺)

03 / 木村小舟

加治田生まれの児童文学者が夢見た図書館へ、荷車15台分の本が運び込まれた。

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Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

木村小舟は明治14年(1881)に加治田で生まれ、東京の博文館で活躍しました。少年時代に図書館を知り、郷里にもと夢見たと自伝に記します。大正2年(1913)11月、岐阜市に「岐阜通俗図書館」が開館。手書きの原稿集102冊は、町の郷土資料館に残ります。

  • 明治14年(1881)生まれ
  • 荷車15台分の本
  • 手書きの原稿集102冊

くらし

町内の鉄道駅は、長良川鉄道の富加駅。

  • 人口6千人規模
  • 郡部の町

町勢要覧は、名古屋方面から「JR高山本線美濃太田駅を経由、長良川鉄道富加駅まで約55分〜70分」と案内します。総面積は16.82km²で、県の中心よりやや南に位置すると町は記します。

住んでいる人
5,626人
19952020

2015年より +1.1%

5,853 → 5,626人

面積
16.82km²

うち可住地 10.38km²

2024年

世帯数
1,967世帯

1世帯 2.9人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所4

人口1万人あたり 7.1

2023年

面積16.82km²うち可住地10.38km² / 62%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に、接している。

日本のなかの富加町35.485°N 136.980°E
東京富加町
富加町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

4.7km

美濃加茂市・関市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

富加町は、こういう町です。

  1. 01清水寺の二天門は、四天王のうち持国天・増長天の二天を安置することから名が付いた県指定の建造物。建立年代は明らかでないが、江戸中期以前と考えられると町は記す
  2. 02夕田墳墓群のうち夕田茶臼山古墳(墳長39.5m・3世紀中頃)と蓮野1号墳は国史跡。半布里は大宝2年(702年)の戸籍に記された里で、今の富加町にあたるとされ、役場周辺から古代の村の跡が見つかった
  3. 03加治田生まれの木村小舟は、岐阜県で初めて一般向けの図書館を開いた人として知られ、手書き原稿集102冊が郷土資料館に残る。伊和神社の田の神祭は県指定の無形民俗文化財

気になったら、町に聞いてみませんか。