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よみもの

21501 / さかほぎちょう

岐阜県 加茂郡

坂祝町

岩肌を背に建つ、旅人にも厚く信仰された堂。

岩屋観音堂|勝山

Photo by 先従隗始 (CC0)

01 / 坂祝神社

延喜式神名帳の社の名が、7か村の合併で村の名になった。

Sakahogi Shrine 20230102 01.jpg
Photo by 先従隗始 (CC0)

坂祝神社は加茂山の南に鎮座し、「延喜式」神名帳(927年)に「坂祝(さかはふり)神社」と記され、地名の由来といわれると町公式は紹介します。1897年(明治30)に酒倉・大針・黒岩・深萱・勝山・取組・深田の7か村が合併した際、この神社名にちなんで坂祝村としました。

  • 延喜式神名帳 927年
  • 7か村が合併 1897年4月1日
  • 村名は社名にちなむ

02 / 猿啄城跡

猿啄から、勝山へ。地名を改めたといわれる城跡。

Stone Monument of Sarubami Castle ruins beside river - 1.jpg
Photo by KKPCW (CC BY-SA 4.0)

猿啄(さるばみ)城跡は町指定文化財です。永禄8年(1565)に織田信長の美濃攻めで攻略され、河尻鎮吉が城主となった折に、地名を猿啄から勝山に改めたといわれます。今は僅かに石垣が残るだけです。山頂には1997年12月、町の誕生100周年に展望台が建てられました。

  • 町指定文化財
  • 永禄8年(1565)
  • 展望台 1997年12月

03 / 取組渡船場跡

中山道の絵図の木曽川の岸に、「渡船場」の書き込みがある。

取組渡船場跡は町指定文化財です。寛政年中(1789〜1801)の中山道分間延絵図には、取組・勝山境に近い中山道の「悪水抜石橋」から木曽川へ下りた岸辺に、「渡船場 犬山江二里 名古屋江八里」と書き込みがあります。対岸の栗栖との渡船場で、明治の末期まで使われました。

  • 町指定文化財
  • 寛政年中(1789〜1801)の絵図
  • 明治の末期まで使用

くらし

南は木曽川に接する、東西4.9kmの町。

  • 人口8千人規模
  • 郡部の町

加茂郡の町で、東と北は美濃加茂市、西は関市と各務原市に接し、南は木曽川をはさんで可児市と愛知県犬山市に接します。面積は12.87km²で、1968年10月1日に町制を施行しました。玄関口はJR高山本線の坂祝駅で、町内の駅はこの1つです。

住んでいる人
8,071人
19952020

2015年より −1.6%

8,740 → 8,071人

面積
12.87km²

うち可住地 8.24km²

2024年

世帯数
3,200世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 6.2

2023年

面積12.87km²うち可住地8.24km² / 64%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・5市町村に、接している。

日本のなかの坂祝町35.427°N 136.985°E
東京坂祝町
坂祝町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

4.3km

岐阜県
美濃加茂市・各務原市・関市・可児市
愛知県
犬山市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

坂祝町は、こういう町です。

  1. 01岩屋観音堂は勝山の城山の山麓に祀られる町指定文化財で、町は、近郷近在の村人はもちろん中山道の旅人にも厚く信仰され、建築は19世紀始めと推定されると紹介する
  2. 02坂祝神社の名は延喜式神名帳にあり、1897年の7か村の合併で村の名になった。猿啄城跡と取組渡船場跡も町指定文化財で、渡船場は明治の末期まで使われた
  3. 03深萱の農村舞台は十二社神社の拝殿で、県の重要有形民俗文化財。名勝木曽川は国の指定で、志賀重昂が「日本ライン」と名付けたと町は紹介する。安楽寺の西国三十三所の観音も町指定文化財

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。