甘楽町・吹上の石樋(雄川堰)
よみもの

10384 / かんらまち

群馬県 甘楽郡

甘楽町

用水の木の樋を、石を組んだ樋に架け替えた。

吹上の石樋|雄川堰

Photo by Indiana jo (CC BY-SA 4.0)

01 / 西大山遺跡の鑣轡

馬の口金具に、木の部品が残る。古墳の周堀から出土した。

甘楽町の西大山遺跡の鑣轡
Photo by Saigen Jiro (Public domain)

西大山遺跡1号古墳の周堀から、平成7年度の発掘調査で出土しました。古墳は5世紀後半やや早めの時期で、馬の口にふくませる鉄製の金具に、木製の鑣が残ります。町は、朝鮮半島南部で作られたものが日本にもたらされたと記します。

  • 5世紀後半やや早めの古墳
  • 木質の残存長6.6cm
  • 2017年に県指定重要文化財

02 / 楽山園

西や南の山並みを、庭の借景として取り込む。

甘楽町の楽山園
Photo by Qurren (CC BY-SA 3.0)

小幡藩邸に付属した池泉回遊式の借景庭園で、西は雄川をはさんで紅葉山、南は連石山や熊倉山の山並みを取り込むと町は説明します。池を中心に、梅の茶屋や五角形の腰掛茶屋など複数の茶屋を配しています。

  • 2000年に国指定名勝
  • 指定面積23,437.33m²
  • 梅の茶屋は2005年度に復元

03 / 富岡製糸場土台石採掘場所跡

石を切り出した跡が、山肌に階段状に6〜7段残る。

富岡製糸場の建物の土台石に使う牛伏砂岩は、小幡の長厳寺裏の連石山から切り出され、御用石と呼ばれました。標高約220〜230mの山中で上下二段に採掘され、ノミ状の工具の痕跡も残ると町は記します。

  • 標高約220〜230m
  • 請負証書に合計約4,000本(甘楽町史)
  • 2018年に町指定重要文化財

空から見た甘楽町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年12月〜2023年2月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

高崎から上信電鉄で約30分、北の玄関は上州福島駅。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町公式は、高崎駅から上信電鉄で約30分、上州福島駅から約2kmと案内します(2023年6月更新)。町内の駅は上信電鉄の上州福島駅と上州新屋駅の2つで、公式は上州福島駅を「北玄関」と記します。

住んでいる人
12,491人
19952020

2015年より −5.4%

14,481 → 12,491人

面積
58.61km²

うち可住地 24.99km²

2024年

世帯数
4,660世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所11

人口1万人あたり 8.8

2023年

面積58.61km²うち可住地24.99km² / 43%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの甘楽町36.243°N 138.922°E
大阪甘楽町
甘楽町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

12.2km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

甘楽町は、こういう町です。

  1. 01吹上の石樋は、雄川堰が堀沢川を横切る所に石材を組んで架けた水路で、町は慶応元年(1865)8月から翌年3月までに木樋から石樋へ架け替えたと記す
  2. 02古墳の周堀から出た木の鑣の残る馬の口金具は県指定重要文化財で、小幡藩邸に付属した庭園の楽山園は国指定名勝になっている
  3. 03富岡製糸場の土台石を切り出した連石山の採掘跡は町指定重要文化財で、町には上信電鉄の駅が2つある

気になったら、町に聞いてみませんか。