下仁田町・荒船風穴(1〜3号風穴)
よみもの

10382 / しもにたまち

群馬県 甘楽郡

下仁田町

山腹に、四角い石積みが縦に3つ並ぶ。

荒船風穴|1〜3号風穴

Photo by Qurren (CC BY-SA 4.0)

01 / 製鉄所跡

博覧会用の鋳鉄の火鉢は、3つ造られたという。うち2つは、まだ見つかっていない。

下仁田町の製鉄所跡
Photo by のりまき (CC BY 3.0)

洋式高炉による鉄の生産は明治7年に民間資本で始まったと言われ、明治11年から17年は官営でした。町内に残る鋳鉄の大火鉢は、明治10年の内国勧業博覧会に出品するため造られた3つのうちの1つと言われます。製鉄所跡は町の文化財です。

  • 明治11〜17年は官営
  • 大火鉢は3個造られた
  • 町の文化財(昭和53年)

02 / 地質

「根なし山」は、大陸の縁から移動してきた岩石。

下仁田の中心市街地から見える、ボコボコした形の山並みは、地元で「根なし山」とよばれます。アジア大陸東縁にあった岩石が太平洋側にのし上げて移動したもので、跡倉クリッペは日本の地質百選に選ばれました。すべり面は、動いてきたときの境目です。

  • 日本の地質百選
  • 根なし山=クリッペ
  • すべり面は岩盤が動いた境目

03 / 社殿の彫刻

文献も棟札も無くなったが、棟梁は信州諏訪の人。

下仁田町の社殿の彫刻
Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

天保8年(1837)に再建された諏訪神社の拝殿は入母屋造りで、向拝は唐破風、本殿は一間社流造りです。壁面や虹梁の彫刻は、大隅流の技を伝える傑作とされます。棟梁は信州諏訪市の矢崎善四郎とその弟子たちで、町の文化財です。

  • 天保8年(1837)に再建
  • 大隅流の彫刻
  • 町の文化財(昭和54年)

空から見た下仁田町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年12月〜2023年2月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

高崎から上信電鉄で、終点の下仁田駅へ。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

町内の駅は上信電鉄の下仁田駅で、町公式は高崎駅から終点まで約60分と案内します。千曲バスの高速バスも池袋・新宿と結び、時刻表の最速は池袋から134分、新宿から166分で、事前予約制です。

住んでいる人
6,576人
19952020

2015年より −13.1%

12,266 → 6,576人

面積
188.38km²

うち可住地 26.46km²

2024年

世帯数
2,808世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所4

人口1万人あたり 7.6

2023年

面積188.38km²うち可住地26.46km² / 14%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの下仁田町36.212°N 138.789°E
大阪下仁田町
下仁田駅
下仁田駅2024年
  • 池袋まで高速バス134分
  • 新宿まで高速バス166分

所要時間は千曲バス『高速バス 上田・佐久・軽井沢ー池袋・新宿線』の2026年6月1日改正の時刻表(chikuma-bus.com の時刻表ページと、そこからリンクされる PDF〈kanto_t1_20260601.pdf=上り、kanto_t2_20260601.pdf=下り〉)。下仁田町観光協会(DMO下仁田)『高速バスでのアクセス』のページ(池袋東口より千曲高速バス乗車、下仁田下車)と、千曲バスの『下仁田』乗り場ページ(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・8市町村に、接している。

下仁田町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

18.5km

下仁田町は、こういう町です。

  1. 01荒船風穴は、明治38年に庭屋静太郎が建てた蚕種貯蔵施設の跡で、縦に3つ並ぶ石積みが残り、国史跡で世界遺産の構成資産でもある
  2. 02中小坂鉄山では洋式高炉による鉄の生産が明治7年に始まったと言われ、町内に残る鋳鉄の大火鉢は3つ造られたうちの1つと言われる
  3. 03山並みが「根なし山」とよばれる跡倉クリッペは日本の地質百選に選ばれ、諏訪神社の社殿の彫刻は大隅流の技を伝える

気になったら、町に聞いてみませんか。