富岡市・旧韮塚製糸場
よみもの

10210 / とみおかし

群馬県

富岡市

長屋が、製糸場の古写真に似ていた。

旧韮塚製糸場

Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

01 / 民家

板葺の屋根に石を置いた民家が、大永7年の建築と伝わる。

富岡市の民家
Photo by こやまひろ (CC BY-SA 4.0)

旧茂木家住宅は、戦国時代の大永7年(1527)の建築と伝えられる民家です。板葺の石置屋根で、棟を支える棟持柱が特徴。もとは神農原にあり、昭和52年に宮崎公園へ移されました。昭和45年に国の重要文化財に指定されています。

  • 大永7年(1527)の建築と伝わる
  • 昭和52年に宮崎公園へ移設
  • 国の重要文化財

02 / 社殿

参道を下った低地に、国の重要文化財の社殿がある。

富岡市の社殿
Photo by Saigen Jiro (CC0)

貫前神社は、参道を下った低地に社殿がある全国的に珍しい構造だと観光協会が紹介します。本殿・拝殿・楼門は寛永12年(1635)に徳川家光が再建し、国の重要文化財。鹿の肩甲骨を焼いた錐で貫く鹿占習俗は、県の重要無形民俗文化財です。

  • 本殿・拝殿・楼門は寛永12年の再建
  • 国の重要文化財
  • 鹿占習俗は県の重要無形民俗文化財

03 / 遺跡

道路を切通しからトンネルに変え、丘の上の集落跡を残した。

中高瀬観音山遺跡は、鏑川右岸の標高230mほどの丘陵にある大規模な集落跡で、弥生時代後期の住居が圧倒的に多く、平成9年に国の史跡になりました。上信越自動車道の工事で見つかり、平成2年に切通しの計画をトンネルに変えて残すことが決まりました。

  • 平成9年 国指定史跡
  • 標高230mほどの丘陵
  • 平成2年 トンネル化を決定

空から見た富岡市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年12月〜2023年2月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

高崎から上信電鉄で、40分。

  • 人口5万人規模

市の案内では、東京から上越新幹線で高崎まで55分、高崎から上信電鉄で上州富岡駅まで40分です。県の市町村要覧は、上州富岡駅から市役所まで徒歩4分と記します。

住んでいる人
47,446人
2010

2015年より −4.6%

52,070 → 47,446人

面積
122.85km²

うち可住地 75.09km²

2024年

世帯数
18,514世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
3.9万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院3/診療所39

人口1万人あたり 8.9

2023年

面積122.85km²うち可住地75.09km² / 61%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2010年以降(市域変更)。2006-03-27 に新設合併(妙義町)。2010年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 17園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの富岡市36.260°N 138.890°E
大阪富岡市
富岡市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

14.4km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

富岡市は、こういう町です。

  1. 01旧韮塚製糸場は、韮塚直次郎が明治9年に創立した民間の器械製糸場の建物で、長屋として使われ、古写真に似ているとの情報をきっかけに保存・整備されて令和2年に開場した
  2. 02旧茂木家住宅は、大永7年(1527)の建築と伝わる板葺・石置屋根の国の重要文化財で、昭和52年に宮崎公園へ移された
  3. 03貫前神社は参道を下った低地に社殿があり、中高瀬観音山遺跡は切通しの計画をトンネルに変えて残された弥生時代後期の集落跡で、市内には世界遺産の富岡製糸場もある

気になったら、町に聞いてみませんか。