軽井沢町・追分宿の分去れ
よみもの

20321 / かるいざわまち

長野県 北佐久郡

軽井沢町

さらしなは右、みよしのは左と、石に刻む。

追分宿の分去れ

Photo by 663highland (CC BY 2.5)

01 / 石造物

家紋の源氏車を刻んだ石を、旅人は「風車」と呼んだという。

軽井沢町の石造物
Photo by 663highland (CC BY-SA 4.0)

1657年、軽井沢の問屋らが熊野皇大神社の前に石畳を奉納しました。町教委の解説板(英文)は、1688年にその記念として佐藤家の家紋、源氏車を石に刻んだと記します。秋から冬は強い風が吹くため、中山道の旅人は「石の風車」と呼び、馬子唄の追分節にも歌われたといいます。

  • 1657年 石畳を奉納
  • 1688年 源氏車を刻む
  • 町指定有形民俗文化財(1973年)

02 / 建築

西翼の張出しと塔屋が、左右対称の構成を破る。

軽井沢町の建築
Photo by 663highland (CC BY 2.5)

明治38年(1905)に竣工した木造2階建てで、玄関ポーチと屋根の八角塔屋が付き、スレート葺きです。文化遺産オンラインは、設計は岡田時太郎、施工は土地の大工と記します。内部には古い暖炉や照明器具、衛生陶器が残り、昭和55年に国の重要文化財になりました。

  • 1905年竣工
  • 木造2階建
  • 1980年 重要文化財

03 / 草原

射撃場だった地の草原は、人の手で保たれてきた。

2003年まで射撃場だった場所で、野焼きや草刈りが続いたため、背の低い草原の環境が保たれました。のちに町植物園が自然園として管理し、ススキやヨシを刈り、サクラソウのために刈草は草原の外へ運び出しています。2018年に町の天然記念物になりました。

  • 2003年まで射撃場
  • 刈草は外へ運び出す
  • 2018年 町の天然記念物

空から見た軽井沢町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年11月〜12月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京から北陸新幹線で、61分。

  • 人口2万人規模
  • 都心まで90分
  • 新幹線が停まる
  • 郡部の町

北陸新幹線が停まるのは軽井沢駅で、東京発の毎日運転の最速は、はくたか557号の61分です。町内にはしなの鉄道の中軽井沢駅と信濃追分駅もあります。玄関口は軽井沢駅です。

住んでいる人
19,188人
19952020

2015年より +1%

15,345 → 19,188人

面積
156.03km²

うち可住地 40.27km²

2024年

世帯数
8,586世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
5.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所21

人口1万人あたり 11.5

2023年

面積156.03km²うち可住地40.27km² / 26%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの軽井沢町36.348°N 138.597°E
大阪軽井沢町
軽井沢駅
軽井沢駅2026年
  • 東京まで北陸新幹線61分

所要時間はJR東日本 路線時刻表「上越・北陸新幹線 下り」2610版(https://timetables.jreast.co.jp/2610/timetable-v/004d1.html 平日・004d2.html 土曜・休日。取得2026-10-21)。東京発→軽井沢発(途中駅は発の時刻だけ掲載)(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・7市町村に、接している。

軽井沢町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

16.2km

軽井沢町は、こういう町です。

  1. 01追分宿の西側にある分去れは、北国街道と中山道の分岐点で、石碑には里程と「さらしなは右みよしのは左にて月と花とを追分の宿」の一文が刻まれる、と町は記し、1973年に町の史跡になった
  2. 02熊野皇大神社の境内入口に立つ峠の石の風車は町指定の有形民俗文化財で、同じ境内の峠のこまいぬは室町時代中期の作と推定され、県内で最古の狛犬と町の英文解説は記す
  3. 03旧三笠ホテルは国の重要文化財、風越鷲穴半自然草原は町の天然記念物で、追分節は2023年に町初の無形民俗文化財に、草軽電気鉄道のデキ12形は2026年に町の文化財に指定された

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。