立科町・笠取峠のマツ並木
よみもの

20324 / たてしなまち

長野県 北佐久郡

立科町

赤松の苗は、幕府から下されたという。

笠取峠のマツ並木

Photo by Qurren (CC BY-SA 3.0)

01 / 旧芦田宿本陣

高札場も、問屋場も、酒造蔵もあった。いま建つ客殿は、寛政12年の建て替え。

立科町の旧芦田宿本陣
Photo by Bryanmackinnon (CC BY 4.0)

芦田宿の本陣は、宿の設置とともに土屋右京左衛門が仰せつかり、明治維新まで代々勤めました。町公式によると、現在残るのは寛政12年に建て替えた客殿で、諸大名の宿札がたくさん残っています。旧芦田宿本陣土屋家住宅として、1988年に県宝に指定されました。

  • 客殿は寛政12年の建て替え
  • 諸大名の宿札が残る
  • 1988年に長野県宝

02 / 津金寺宝塔

裏山の宝塔は、3基。1220年と1227年の造立と伝わる。

津金寺の裏山に、石の宝塔が3基あります。北塔と中塔は、滋野氏某夫妻が承久2年(1220)に生前の供養をして奉納したといわれる逆修供養塔。南塔は、嘉禄3年(1227)に亡父母を弔って造立したと伝えられる納経塔です。昭和49年に県宝に指定されました。

  • 宝塔3基(北塔・中塔・南塔)
  • 承久2年(1220)・嘉禄3年(1227)
  • 1974年に長野県宝

03 / 鳴石

風が強く吹けば鳴った、という二つの巨石。

立科町の鳴石
Photo by Qurren (CC BY-SA 3.0)

蓼科山のすそ野に、鏡餅状に二つの巨石が重なります。昔は風が強く吹けば鳴ったことからこの名があり、柔らかく叩くと鈴のような音がするといいます。町は、6〜7世紀頃に蓼科の神を祀る祭祀の場として、古東山道の峠道に築かれたものと考えられると記します。

  • 鏡餅状に重なる二つの巨石
  • 6〜7世紀頃の祭祀の場と考えられる
  • 町指定史跡(1967年)

空から見た立科町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2022年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

町に駅はない。バスが、大屋駅へ結ぶ。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅はなく、玄関口は立科町役場前のバス停です。東信観光バスの中仙道線が、しなの鉄道の大屋駅(上田市)とのあいだを、毎日運転の便で27分で結びます(町公式の時刻表による)。町は南北26.4km、東西9.9kmと細長く、町勢要覧は面積を66.87km²と記します(2015年版)。

住んでいる人
6,612人
19952020

2015年より −9%

8,712 → 6,612人

面積
66.87km²

うち可住地 26.74km²

2024年

世帯数
2,606世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所4

人口1万人あたり 6.0

2023年

面積66.87km²うち可住地26.74km² / 40%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの立科町36.272°N 138.316°E
大阪立科町
立科町役場前
立科町役場前2013年
  • 大屋まで路線バス27分

所要時間は立科町公式『立科町バス路線案内・時刻表2026年4月~』(町公式 kurashi/koutsu、2026-09-18 更新のページからリンク)のp.13『中仙道線(大屋駅方面)』(東信観光バス。注に『令和6年4月改正のもの。最新は東信観光バスへ』)(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

立科町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

26.4km

立科町は、こういう町です。

  1. 01笠取峠のマツ並木は、中山道の芦田宿の西から笠取峠まで約2kmにわたる県指定天然記念物で、言い伝えでは、慶長7年頃に公儀から赤松の苗が小諸藩へ下付されたという
  2. 02旧芦田宿本陣土屋家住宅は、寛政12年に建て替えられた客殿が県宝で、津金寺の裏山の宝塔3基も県宝に指定されている
  3. 03蓼科山のすそ野に重なる巨石の鳴石は町指定史跡で、町には疏水百選の塩沢堰も流れ、鉄道の駅はなく玄関口は立科町役場前のバス停

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。