長和町・永代人馬施行所(和田峠)
よみもの

20350 / ながわまち

長野県 小県郡

長和町

冬の峠で、旅人に粥と焚き火を施した。

永代人馬施行所|和田峠

Photo by Charles's Wain (CC BY-SA 3.0)

01 / 星糞峠

径3m・深さ3mほどの竪坑が、幾重にも重なる採掘の跡。

長和町の星糞峠
Photo by Fred Cherrygarden (CC BY-SA 4.0)

国の史跡で、指定は2001年1月29日です。文化庁の解説によると、径10mほどのクレーター状のくぼみが200基ほど確認され、直径3m・深さ3mほどの竪坑が幾重にも重なる、黒曜石の原石を採掘した跡です。

  • 国の史跡 2001年1月29日指定
  • くぼみは200基ほど(径10mほど)
  • 竪坑は直径3m・深さ3mほど

02 / 和田宿本陣

役場や農協の事務所として昭和59年まで使われた本陣。

長和町の和田宿本陣
Photo by Charles's Wain (CC BY-SA 3.0)

国史跡「中山道」の一部。町公式によると、文久元年(1861年)の大火後、同年11月の皇女和宮の御下向を控えて再建された母屋で、和田宿最大の建造物です。明治維新後は役場や農協の事務所に使われ、昭和61年から5年かけて復元されました。

  • 国史跡「中山道」の一部
  • 昭和59年まで役場・農協の事務所として使用
  • 昭和61年から5年かけて復元

03 / 立岩和紙

冬の副業だった手漉き和紙。一度途絶え、2年後に保存会が発足した。

町公式サイトの記事によると、1760年頃から立岩地区で作られてきた手漉き和紙で、農家が冬の副業として始め、主な用途は障子紙でした。1977年に途絶え、1979年に有志が立岩和紙保存会を発足させました。煮たコウゾの水さらしは、昔は依田川で行われたと記します。

  • 1760年頃から立岩地区で生産
  • 1977年に途絶え、1979年に保存会が発足
  • 主な用途は障子紙

空から見た長和町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2013年4月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い町へ、上田駅からバスで39分。

  • 人口6千人規模
  • 郡部の町

町に鉄道の駅は無く、上田駅からジェイアールバス関東の和田峠北線の路線バスに毎日運転の便で乗ると、39分で長窪古町に着きます。町は三方を山に囲まれ、依田川の源流部を抱える山間地域で、2005年10月1日に長門町と和田村が新設合併してできました。

住んでいる人
5,600人
20052020

2015年より −9.2%

7,304 → 5,600人

面積
183.86km²

うち可住地 25.48km²

2024年

世帯数
2,318世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所3

人口1万人あたり 7.1

2023年

面積183.86km²うち可住地25.48km² / 14%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの長和町36.270°N 138.258°E
大阪長和町
  • 上田まで路線バス39分

所要時間はジェイアールバス関東『和田峠北線・長和町内巡回バス時刻表』(2026年8月20日改正。長久保営業所 0268-68-2106。A4の画像PDF。目で読んだ)(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。

かたち

6市町村に、接している。

長和町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

21.3km

長和町は、こういう町です。

  1. 01永代人馬施行所は、和田宿と下諏訪宿を結ぶ道に立つ小屋で、町公式は、冬に和田峠を越える旅人へお粥と焚火を、牛馬へ煮麦を無償で施したと記す。町教育委員会の年表は、文政11年(1828年)の開設とする
  2. 02星糞峠黒曜石原産地遺跡は国の史跡で、直径3m・深さ3mほどの竪坑が幾重にも重なる採掘跡。和田宿本陣は町公式が国史跡と紹介する母屋で、大火後に再建され、昭和59年まで役場や農協の事務所に使われた
  3. 03立岩和紙は1760年頃から立岩地区で作られてきた手漉き和紙で、1977年に途絶え、1979年に保存会が発足した。町に鉄道の駅は無く、上田駅から路線バスで39分

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。