嬬恋村・抜道の碑(大笹)
よみもの

10425 / つまごいむら

群馬県 吾妻郡

嬬恋村

関所を避ける道を、句碑が暗示する。

抜道の碑|大笹

Photo by こやまひろ (CC BY 4.0)

01 / 大笹関所跡

沢に刎ね橋を架け、有事には切り落とせた関所。

嬬恋村の大笹関所跡
Photo by Qurren (CC BY-SA 4.0)

寛文2年(1662)に沼田藩主の真田伊賀守が建設し、高崎から善光寺へ向かう仁礼街道と、大笹から草津温泉へ向かう道筋にあったと村は記します。傍らの沢に刎ね橋を架け、有事には切り落として交通を制限できました。

  • 寛文2年(1662)に建設
  • 沢に刎ね橋
  • 1973年に村指定史跡

02 / 中居屋重兵衛の墓

中居村に生まれ、横浜では銅板葺きの店を構えた人の墓。

嬬恋村の中居屋重兵衛の墓
Photo by Qurren (CC BY-SA 4.0)

中居村(いまの三原)の出身で、江戸の日本橋に店を構え、白根山の硫黄を原料に火薬を製造販売して財をなしたと村は記します。安政6年(1859)に横浜へ進出し、店は銅御殿と呼ばれました。横浜市中区とは2016年2月に友好交流協定を結んでいます。

  • 安政6年(1859)に横浜へ進出
  • 1956年に県指定史跡
  • 横浜市中区と2016年に友好交流協定

03 / 浅間山熔岩樹型

樹木のあった跡が、古井戸のような縦穴を残す。

浅間山の噴火に伴い、樹木のあった所に古井戸のような縦穴が残ったものです。4区域に分かれて分布し、大変珍しい火山現象として国の特別天然記念物に指定されていると村は記します。

  • 4区域に分布
  • 1940年に国の天然記念物
  • 1952年に特別天然記念物

空から見た嬬恋村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年11月〜12月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

吾妻線の万座・鹿沢口駅が、村の玄関口。

  • 人口9千人規模
  • 郡部の町

村公式のアクセス案内は、上野駅から特急で長野原草津口駅まで約2時間20分、吾妻線に乗り換えて約15分で万座・鹿沢口駅と記します。役場は大前にあり、明治22年に11の村が合併してできた村です。

住んでいる人
8,850人
19952020

2015年より −9.5%

11,135 → 8,850人

面積
337.58km²

うち可住地 99.97km²

2024年

世帯数
3,532世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所4

人口1万人あたり 4.5

2023年

面積337.58km²うち可住地99.97km² / 30%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・9市町村に、接している。

日本のなかの嬬恋村36.517°N 138.530°E
大阪嬬恋村
嬬恋村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

27.8km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

嬬恋村は、こういう町です。

  1. 01抜道の碑は大笹にある村指定の重要文化財で、村は、手形のない通行人に仁礼街道の大笹関所を避けて善光寺へ抜ける道を暗示する碑と記す
  2. 02大笹関所跡は村指定の史跡、中居屋重兵衛の墓は県指定の史跡で、浅間山熔岩樹型は国の特別天然記念物になっている
  3. 03鎌原観音堂の前には県指定史跡の天明三年浅間やけ遺跡があり、村は群馬県の西北部で、西・南・北の三方を長野県に接する

気になったら、町に聞いてみませんか。