高山村・黒部のエドヒガン桜
よみもの

20543 / たかやまむら

長野県 上高井郡

高山村

推定500年余りの桜が、水田の一画に立つ。

黒部のエドヒガン桜

Photo by 日詰さん (CC BY-SA 4.0)

01 / 雷滝

ひさし状の岩場をくぐると、滝の裏側を見ることができる。

高山村の雷滝
Photo by Qurren (CC BY-SA 3.0)

県道より142m奥にあり、付近の川幅は29m、左岸壁の高さは40mです。滝は珪化して堅くなった凝灰角礫岩でできていて、この岩肌の侵食で作られたと村は記します。ひさし状に出た岩場をくぐると滝の裏側を見ることができ、そのため裏見の滝ともよばれると村は記します。

  • 川幅29m
  • 左岸壁の高さ40m
  • 2003年に村指定名勝

02 / 須坂基線東端点

測量の基準線として9番目に選ばれた須坂基線の、東の端の三角点。

明治政府が近代測量の基準線として設けた須坂基線の、東端の一等三角点です。基線は1892年に全国で9番目に選定され、1896年に西端(須坂市)との距離が実測されて、基線長3291.912mの結果を得ました。この値は長野ほか6県の5万分の1地形図の作成に用いられたと村は記します。

  • 1892年に9番目に選定
  • 基線長3291.912m
  • 2013年に村指定史跡

03 / 一茶ゆかりの里離れ家

規模は小さく、建ちは高い。床の間に非対称の丸窓がある。

高山村の一茶ゆかりの里離れ家
Photo by Hira3 (CC BY-SA 3.0)

門人が一茶に提供した自宅の離れ家で、一茶は140日逗留したと村は記します。軒はせがい造りで、土間や茶の間が狭く座敷に重点を置いた間取りです。18世紀ないし19世紀初めの建築で、1996年に現在の地へ移築復元されました。

  • 一茶が140日逗留
  • 18世紀〜19世紀初めの建築
  • 2000年に村指定有形文化財

空から見た高山村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2024年9月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い村へ、須坂駅からバスで17分。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

村に鉄道の駅は無く、長野電鉄の須坂駅から長電バスの路線バスに乗ると、毎日運転の便の最速で17分、高山村役場の前に着きます。面積は98.56km²で、村域の約85パーセントが森林・原野です。

住んでいる人
6,617人
19952020

2015年より −5.9%

7,773 → 6,617人

面積
98.56km²

うち可住地 14.57km²

2024年

世帯数
2,321世帯

1世帯 2.9人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 4.5

2023年

面積98.56km²うち可住地14.57km² / 15%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの高山村36.680°N 138.363°E
大阪高山村
高山村役場
高山村役場2011年
  • 須坂まで路線バス17分

所要時間は高山村公式『高山村バス路線及び時刻表』(令和8年4月1日時点。村公式「【公共交通】村内公共交通サービスについて」docs/7624278 のリンク。問い合わせ先は高山村役場総務課・長電バス)の下り(須坂駅発〜村役場・牧車庫・山田温泉着)の表(2026-10-20 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・5市町村に、接している。

高山村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

10.4km

群馬県
嬬恋村

高山村は、こういう町です。

  1. 01黒部のエドヒガン桜は、水田地帯の一画に立つ村指定の天然記念物で、村は樹齢を推定500年余りと記す
  2. 02別名裏見の滝の雷滝は村指定の名勝で、近代測量の基準になった須坂基線の東端点も村指定の史跡になっている
  3. 03一茶が140日逗留したという離れ家が移築復元されて残り、村は長野県北東部の山あいにあって鉄道の駅が無い

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。