01 / 佐野遺跡
中部地方の縄文晩期の土器は、遺跡の名から「佐野式」と呼ばれる。

山ノ内盆地の南西、三沢川扇状地にある縄文時代晩期の集落跡で、国の史跡です。文化庁のデータベースは、晩期前葉から中葉の土器が中部地方独特の様式を示し、佐野式と名づけられたと記します。町は、三叉文・鍵の手文・工字文の土器が中部地方の標式にされていると説明します。
- 国史跡 1976年12月25日指定
- およそ2500〜3000年前の集落跡
- 発掘調査は12回
01 / 佐野遺跡

山ノ内盆地の南西、三沢川扇状地にある縄文時代晩期の集落跡で、国の史跡です。文化庁のデータベースは、晩期前葉から中葉の土器が中部地方独特の様式を示し、佐野式と名づけられたと記します。町は、三叉文・鍵の手文・工字文の土器が中部地方の標式にされていると説明します。
02 / 夜間瀬の郷倉

町指定の有形民俗文化財(1970年6月11日)です。八十二文化財団によると天保年間の土蔵造・瓦葺で、間口2間・奥行3間。郷倉は年貢米の保管や凶作に備えた貯穀の建物で、江戸時代に特に普及したといいます。同じ本郷には、古墳時代後期の古墳群が町の史跡に指定されています。
03 / 石の湯のゲンジボタル
志賀高原の石の湯・岩倉沢周辺は、国の天然記念物「志賀高原石の湯のゲンジボタル生息地」(2008年3月28日指定、15.27ha)。町教委は、澄んだ水質と豊富な水量、湧き出す温泉水が水温を高めて生息環境を育むと説明し、発生は5月中旬から9月初旬で通常の一か月弱より長いと記します。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2024年9月〜10月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
町公式は、長野県の北東部に位置し、山林原野が88%(うち7割余が志賀高原)を占め、集落は河岸段丘や扇状地状の緩やかな傾斜地に発達したと記します。東は群馬県と県境をなします。玄関口は長野電鉄長野線の湯田中駅で、役場は駅から徒歩5分です。
2015年より −8.7%
16,951 → 11,352人
うち可住地 30.53km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
人口1万人あたり 4.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
気になったら、町に聞いてみませんか。