01 / 浄光寺薬師堂
応永15年(1408)の薬師堂が、雁田に建つ。

桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造で、屋根は茅葺。文化遺産オンラインは年代を「室町中期/1408」とし、町の一覧は応永15年(1408)と記します。国の重要文化財に指定されたのは1907年。同じ浄光寺の十二神将や日光・月光菩薩は町宝です。
- 桁行三間・梁間四間
- 応永15年(1408)
- 1907年に重要文化財
01 / 浄光寺薬師堂

桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造で、屋根は茅葺。文化遺産オンラインは年代を「室町中期/1408」とし、町の一覧は応永15年(1408)と記します。国の重要文化財に指定されたのは1907年。同じ浄光寺の十二神将や日光・月光菩薩は町宝です。
02 / 大夫千両堤
松川はかつて町の中心部を通って北西へ流れていました。戦国時代末期から江戸時代初期、町の南東部に千両堤が築かれ、今の流路に変わります。県の伝承カードは元和5年(1619)からこの地を治めた福島正則が建てたと記し、町の歴史は築いた人を記しません。
03 / 栗の小径

1980年代、高井鴻山記念館や北斎館の周辺で、行政を含む6地権者による「町並修景事業」が始まりました。栗の木のレンガを敷いた「栗の小径」などが、いまの小布施を象徴する空間に。「内は自分のもの、外はみんなのもの」の考えが町に広まったと町は記します。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2024年9月〜10月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
町は、東に雁田山、西に千曲川、北に篠井川、南に松川が流れ、四方を山と川に囲まれていると町は記します。長野電鉄長野線の駅は小布施駅と都住駅の二つで、玄関口は小布施駅です。
2015年より −0.4%
11,436 → 10,660人
うち可住地 16.55km²
2024年
1世帯 2.9人
2020年
人口1万人あたり 8.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
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