松川町・片桐松川(町名の由来)
よみもの

20402 / まつかわまち

長野県 下伊那郡

松川町

町の名は、アルプスから流れる川の名。

片桐松川|町名の由来

Photo by Bakkai (CC BY-SA 3.0)

01 / 部奈の埋もれ木跡

泥流に巻き込まれた木が、崖の中で穴になったと考えられている。

天竜川沿いの急斜面にある、火山泥流が積もったミソベタ層に、木の幹の形をした穴が見つかっています。町公式は、2020年に109本が発見され、既報の2本と合わせて111本と記します。最大の穴は直径30cm以上、長さ5.76m以上とみられ、町の天然記念物です。

  • 111本(既報2本を含む)
  • 最大で直径30cm以上・長さ5.76m以上とみられる
  • 町天然記念物(令和5年2月1日)

02 / 大島城跡

門の前の平地を囲む堀が、二重の三日月形に残る。

武田氏の築城技術の特徴とされる三日月堀が、二重に見られます。丸馬出と呼ばれる門前の平地の外を囲み、入口を守る堀で、当時は水が張られていたと町公式は記します。三の丸と馬出を結ぶ土橋は4段の大きな石で作られ、いまは台城公園です。

  • 三日月堀が二重
  • 土橋は4段の石
  • 町指定史跡

03 / 大洲七椙神社

7本の御神木を中心に、杉の巨木がある。

平安時代の末に片切氏から分かれた大島氏が、自領の鎮守として奉祀したものと伝えられます。境内には7本の御神木を中心とする杉の巨木があり、七椙神社社叢として町の天然記念物に指定されています。

  • 御神木は7本
  • 町天然記念物(植物)

空から見た松川町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2016年4月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

町の中央を、天竜川が北から南へ流れる。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

下伊那郡の最北、伊那谷のほぼ中央にあり、東西21km、南北約6km、面積は72.79km²です。川の東西に段丘が形成され、西側は住宅地や商店街が開け、梨やりんごなどの果樹栽培が盛んだと町公式は記します。玄関口はJR飯田線の伊那大島駅です。

住んでいる人
12,530人
19952020

2015年より −4.8%

13,617 → 12,530人

面積
72.79km²

うち可住地 25.99km²

2024年

世帯数
4,428世帯

1世帯 2.8人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所4

人口1万人あたり 4.0

2023年

面積72.79km²うち可住地25.99km² / 36%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

6市町村に、接している。

日本のなかの松川町35.597°N 137.910°E
大阪松川町
松川町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

11.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

松川町は、こういう町です。

  1. 01町名は、中央アルプスから流れる片桐松川の川名から「松川」と命名されたと町公式は記す。昭和31年に大島村と上片桐村が合併して発足し、昭和34年に生田村と高森町の一部を編入した
  2. 02部奈の天竜川沿いの急斜面にあるミソベタ層に、火山泥流に巻き込まれた木の跡と考えられる穴が111本見つかり、町の天然記念物になっている。大島城跡の二重の三日月堀と大洲七椙神社の杉の社叢は、どちらも町の指定
  3. 03町の中央を天竜川が北から南へ流れ、川の東西に段丘が広がる。西側は梨やりんごなどの果樹栽培が盛んで、玄関口はJR飯田線の伊那大島駅

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。