飯島町・伊那県庁(飯島陣屋)跡
よみもの

20384 / いいじままち

長野県 上伊那郡

飯島町

代官の役所が、県庁にもなった。

伊那県庁(飯島陣屋)跡

Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

01 / 在来絹製作

桑を育てるところから、織るところまでが、一つの技。

文化庁は在来絹製作を、前近代の技術を研究して復元的に、桑栽培、在来種の養蚕、製糸、製織を行う技術と記します。つくる絹は、修理する染織品の補修裂・補修糸・真綿として使われます。町の文化財一覧は、国選定文化財の1件に挙げます。

  • 桑栽培から製織まで
  • 補修裂・補修糸・真綿
  • 文化財MAPに令和3年

02 / 田切地形

段丘を川が削った谷の地形を、田切地形という。

飯島町の田切地形
Photo by Qurren (CC BY-SA 3.0)

国土交通省は、中田切川や与田切川などが河岸段丘や断層崖を横切って流れ、段丘面を激しく侵食して形成した地形と記します。町は、与田切川が中央アルプスを源に深い渓谷をつくって流れると記します。田切は明治期にあった村の名で、いまは飯田線の駅名に残ります。

  • 中田切川・与田切川
  • 段丘面を激しく侵食
  • 飯田線の田切駅

03 / 西岸寺参道

町指定の名勝の参道の先に、町指定の山門が立つ。

飯島町の西岸寺参道
Photo by 濃間 (CC BY-SA 4.0)

八十二文化財団は、西岸寺の参道を松並木が中心で、樹齢推定200年のクロマツが両側に並ぶと記します。山門は薬医門で、天保15年(1844)、奈良井宿の大工の作と同財団の解説にあります。寺には県指定の木造大覚禅師倚像も伝わります。

  • 参道は町指定名勝
  • クロマツは樹齢推定200年
  • 山門は1844年

空から見た飯島町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2020年6月〜9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東に南アルプス、西に中央アルプスが見える。

  • 人口9千人規模
  • 郡部の町

長野県の南部、伊那谷のほぼ中央にあり、町公式は「二つのアルプスが見えるまち」と名乗ります。町内にはJR飯田線の田切・七久保・伊那本郷・飯島・高遠原の5駅があり、玄関口は飯島駅です。

住んでいる人
9,004人
19952020

2015年より −5.5%

10,989 → 9,004人

面積
86.96km²

うち可住地 28.7km²

2024年

世帯数
3,391世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所6

人口1万人あたり 6.7

2023年

面積86.96km²うち可住地28.7km² / 33%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの飯島町35.677°N 137.920°E
大阪飯島町
飯島町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

9.1km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

飯島町は、こういう町です。

  1. 01江戸時代の代官の役所だった飯島陣屋の跡は、明治の初めに伊那県の県庁として使われ、長野県指定の史跡になっていて、建物は発掘調査と古文書をもとに復元されている
  2. 02町の文化財一覧が国選定文化財に挙げる在来絹製作は、桑栽培から製織までを行う技術で、文化財の染織品の補修材料になる絹をつくる
  3. 03与田切川や中田切川が段丘を削った田切地形があり、西岸寺には町指定の名勝の参道と山門がある

気になったら、町に聞いてみませんか。