01 / 理兵衛堤防
三代で築かれた石の堤の一部が、横に移して復元されている。
天竜川と前沢川が合流する田島の堤です。松村理兵衛忠欣・常邑・忠良の三代が寛延3年(1750)から文化5年(1808)にかけて築いたと、八十二文化財団は記します。2010年に石堤が見つかり、一部は移して復元。この約40mが村の有形文化財です。
- 1750〜1808年に築く
- 復元した部分は約40m
- 村の指定は2011年
01 / 理兵衛堤防
天竜川と前沢川が合流する田島の堤です。松村理兵衛忠欣・常邑・忠良の三代が寛延3年(1750)から文化5年(1808)にかけて築いたと、八十二文化財団は記します。2010年に石堤が見つかり、一部は移して復元。この約40mが村の有形文化財です。
02 / 大草城址

大草城址は村の史跡で、いまは公園です。県の上伊那地域振興局のブログは、天竜川東岸の段丘上に突き出た形の城で、何段かの高台が並び、城跡の面影が感じられるかもしれないと記します。「大草郷検地帳」も村の有形文化財です。
03 / 風三郎神社

陣馬形山の方へ登った道の突き当たりに、「風三郎神社」の石柱があります。祀られるのは級長津彦命と級長戸辺神。風の神は獅子が嫌いで、獅子舞が「宮の入坂」から上に登れば暴風を起こすと、地区では言い伝えられていると県のブログは記します。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2016年4月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
上伊那郡の最南端にあり、村公式は、天竜川が竜東の南向地区と竜西の片桐地区に村を分けると記します。1958年に南向村と片桐村が合併して発足し、村名は村民から募集して定められました。村内の駅は飯田線の伊那田島駅で、玄関口です。
2015年より −4.1%
5,514 → 4,651人
うち可住地 18.4km²
2024年
1世帯 2.9人
2020年
人口1万人あたり 6.5
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
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