中川村・坂戸橋(支間70m)
よみもの

20386 / なかがわむら

長野県 上伊那郡

中川村

放物線のアーチが、天竜川をまたぐ。

坂戸橋|支間70m

Photo by Opqr (CC BY-SA 4.0)

01 / 理兵衛堤防

三代で築かれた石の堤の一部が、横に移して復元されている。

天竜川と前沢川が合流する田島の堤です。松村理兵衛忠欣・常邑・忠良の三代が寛延3年(1750)から文化5年(1808)にかけて築いたと、八十二文化財団は記します。2010年に石堤が見つかり、一部は移して復元。この約40mが村の有形文化財です。

  • 1750〜1808年に築く
  • 復元した部分は約40m
  • 村の指定は2011年

02 / 大草城址

段丘に突き出た形の城跡に、何段かの高台が並ぶ。

中川村の大草城址
Photo by 濃間 (CC BY-SA 4.0)

大草城址は村の史跡で、いまは公園です。県の上伊那地域振興局のブログは、天竜川東岸の段丘上に突き出た形の城で、何段かの高台が並び、城跡の面影が感じられるかもしれないと記します。「大草郷検地帳」も村の有形文化財です。

  • 村史跡は1977年指定
  • 天竜川東岸の段丘上
  • 大草郷検地帳は村の文化財

03 / 風三郎神社

獅子舞は「宮の入坂」から上へ登らないと言い伝えられる。

中川村の風三郎神社
Photo by Hansaki460 (CC BY-SA 3.0)

陣馬形山の方へ登った道の突き当たりに、「風三郎神社」の石柱があります。祀られるのは級長津彦命と級長戸辺神。風の神は獅子が嫌いで、獅子舞が「宮の入坂」から上に登れば暴風を起こすと、地区では言い伝えられていると県のブログは記します。

  • 祭神は級長津彦命・級長戸辺神
  • 宮の入坂から上へは登らない
  • 山の斜面の石段の上に祠

空から見た中川村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2016年4月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

天竜川が、村を東と西に分ける。

  • 人口5千人規模
  • 郡部の町

上伊那郡の最南端にあり、村公式は、天竜川が竜東の南向地区と竜西の片桐地区に村を分けると記します。1958年に南向村と片桐村が合併して発足し、村名は村民から募集して定められました。村内の駅は飯田線の伊那田島駅で、玄関口です。

住んでいる人
4,651人
19952020

2015年より −4.1%

5,514 → 4,651人

面積
77.05km²

うち可住地 18.4km²

2024年

世帯数
1,614世帯

1世帯 2.9人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 6.5

2023年

面積77.05km²うち可住地18.4km² / 24%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの中川村35.635°N 137.946°E
大阪中川村
中川村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

9.8km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

中川村は、こういう町です。

  1. 01坂戸橋は、天竜川にかかる鉄筋コンクリート造の単アーチ橋で、昭和7年の竣工。アーチに放物線を用い、隅に面取りを施すと文化庁は記し、2020年に重要文化財に指定された
  2. 02理兵衛堤防は、松村理兵衛の三代が築いた石の堤で、見つかった石堤の一部を移して復元した約40mが、村の有形文化財になっている
  3. 03大草城址は段丘に突き出た形の城跡で、風三郎神社には、獅子舞が宮の入坂から上へ登らないという言い伝えがある

気になったら、町に聞いてみませんか。