01 / 大鹿歌舞伎
少なくとも18世紀半ばまでには、この村で歌舞伎が行われていた。

村に残る古文書に、明和4年(1767)に村人が歌舞伎を上演したと記されます。舞台は幕末から明治に村内13か所に建ち、市場神社舞台の二階の楽屋の壁には、巡業の役者の名が落書きされています。見物の弁当箱は「ろくべん」と呼ばれました。
- 重要無形民俗文化財 2017年指定
- 舞台は村内13か所に建立
- 市場神社舞台 1851年建立
01 / 大鹿歌舞伎

村に残る古文書に、明和4年(1767)に村人が歌舞伎を上演したと記されます。舞台は幕末から明治に村内13か所に建ち、市場神社舞台の二階の楽屋の壁には、巡業の役者の名が落書きされています。見物の弁当箱は「ろくべん」と呼ばれました。
02 / 鹿塩の塩泉
鹿塩には海の水と同じぐらい濃い塩水が湧き、明治時代には製塩が行われたと、村営の中央構造線博物館は記します。観光協会によれば、明治8年に採掘が始まり製塩場が置かれました。博物館は、同位体の分析から化石海水ではないと説明します。
03 / 福徳寺本堂

桁行・梁行とも3間、入母屋造、こけら葺の小堂です。村の文化財マップは、昭和28年の解体修理で堂は鎌倉時代以前にさかのぼらないと分かったと記します。観光協会は、技法から宗良親王の時代の造営とみています。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2016年5月〜10月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
村に鉄道の駅は無く、JR飯田線の伊那大島駅(松川町)前から、伊那バスの大鹿線に乗ると、役場の近くの停留所「落合」まで29分です(令和5年10月1日改正の時刻表の毎日運行の便)。終点の「大河原」までは48分です。
2015年より 0%
1,641 → 1,023人
うち可住地 24.91km²
2024年
1世帯 1.9人
2020年
人口1万人あたり 29.3
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS
所要時間は伊那バス公式(https://www.ibgr.jp/general-route/ の『大鹿村・大鹿線』)が載せる『大鹿線通過時刻表』(令和5年10月1日改正)の1枚PDF(https://www.ibgr.jp/wp-content/uploads/6e6f9ba7a11fd31e97a7e28f11a56525.pdf)。目で読んだ(文字の抽出は不可)(2026-10-21 確認)。時間帯により異なります。
気になったら、町に聞いてみませんか。