清川村・丹沢札掛のモミ林
よみもの

14402 / きよかわむら

神奈川県 愛甲郡

清川村

モミの林に、ツガが混じっている。

丹沢札掛のモミ林

Photo by Quercus acuta (CC0)

01 / ニホンオオカミ

遺伝子検査で認められたのは、頭骨4つと下顎1つ。

村内の民家に保存されていたニホンオオカミの遺物は、頭骨5個、下顎1個、前肢1個の計7個。頭骨4個と下顎1個はDNA解析で認定され、残りも形態から鑑定されました。2025年3月3日に村の重要文化財になっています。

  • 頭骨5・下顎1・前肢1の計7個
  • DNA解析で認定は頭骨4・下顎1
  • 村指定 2025年3月3日

02 / 社叢林

社を囲む森に、もとの植生が残っている。

煤ヶ谷の八幡神社は、治承の頃(1177〜1181年)に毛利太郎景行が石清水八幡宮を勧請したのが始まりといわれます。社叢林は県の天然記念物で、文化庁のデータベースは「安定立地本来の自然植生として残存する貴重な郷土林」と記します。

  • 治承の頃(1177〜1181年)の創始
  • 県指定 昭和51年3月23日

03 / 鰐口

応永3年と刻まれた鰐口は、熊野権現のご神体だったといわれる。

県の重要文化財(工芸)の鰐口には、応永3年(1396)と刻まれています。村の歴史は、紀州熊野三處権現を勧請した宮ヶ瀬の奥野熊野権現のご神体として祀られたものといわれる、と記します。

  • 応永3年(1396)の刻
  • 県指定 昭和44年12月2日

空から見た清川村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い村で、山林が89%を占める。

  • 人口3千人規模
  • 郡部の町

村に鉄道の駅は無く、面積の89%が山林です。煤ヶ谷には小鮎川、宮ヶ瀬には中津川と早戸川が流れます。かつて木材は筏に組んで中津川へ流され、炭は馬で伊勢原や厚木の宿場町へ送られました。大正15年には、煤ヶ谷の坂尻と厚木の間に乗合バスが1日10往復しました。

住んでいる人
3,038人
19952020

2015年より −5.5%

3,478 → 3,038人

面積
71.24km²

うち可住地 7.65km²

2024年

世帯数
1,127世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所2

人口1万人あたり 9.9

2023年

面積71.24km²うち可住地7.65km² / 11%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの清川村35.482°N 139.276°E
大阪清川村
清川村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

10.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

清川村は、こういう町です。

  1. 01丹沢札掛のモミ林は県の天然記念物で、文化庁のデータベースはツガを混えて相観的にも自然相生としても珍しいモミ林と記す
  2. 02村の民家に残ったニホンオオカミの頭骨5個・下顎1個・前肢1個は村の重要文化財で、煤ヶ谷の「狼を助けた話」という逸話も村が紹介する
  3. 03煤ヶ谷の八幡神社の社叢林と、応永3年(1396)の刻のある宮ヶ瀬の鰐口は、どちらも県の指定を受けている

気になったら、町に聞いてみませんか。