01 / 白秋の校歌
校歌は32通の電報で届き、伯父の町葬の霊前に供えられた。
南関尋常高等小学校(いまの南関第一小学校)の校歌は、北原白秋の作詞、山田耕筰の作曲です。町長時代の伯父・石井隆承の危篤を知った白秋は、昭和12年4月、3節の歌詞を徹夜で仕上げて電報で送りました。白秋が生まれたのは、母の実家の旧石井家住宅主屋(国登録有形文化財)と町は案内します。
- 電報32通
- 昭和12年4月 作詞
- 町指定文化財(平成18年)
01 / 白秋の校歌
南関尋常高等小学校(いまの南関第一小学校)の校歌は、北原白秋の作詞、山田耕筰の作曲です。町長時代の伯父・石井隆承の危篤を知った白秋は、昭和12年4月、3節の歌詞を徹夜で仕上げて電報で送りました。白秋が生まれたのは、母の実家の旧石井家住宅主屋(国登録有形文化財)と町は案内します。
02 / 小代焼窯跡群

古小代の里公園の県指定の窯跡群は、瓶焼窯跡と瀬上窯跡の2基。小代焼は寛永9年(1632)、細川忠利の肥後入国の際、豊前国から移った陶工が始めたものです。瀬上窯は天保7年(1836)に御山支配役の瀬上林右衛門が築いた殖産窯で、以降幕末まで小代焼が最も盛んに作られた時代となりました。
03 / 大津山

標高256mの大津山は、富士山に似た姿から「南関富士」と呼ばれます。山頂には中世の山城跡「つづら獄城跡」があり、堀切の木橋には城主一族の名が付けられています。山頂からは九州自動車道を真下に町内を一望でき、遠くは有明海から雲仙も望めます。春は桜から藤、つつじへと花が移ります。
くらし
九州自動車道の南関インターチェンジがあり、町は「県北の玄関口として発展」と書きます。昭和30年に南関町・賢木村・大原村・坂下村・米富村の5町村が合併して発足しました。町内に鉄道の駅は無く、路線バスが大牟田・玉名・山鹿方面を結びます。温浴施設「うから館」は、図書館と芝生の広場がある交流拠点施設〈ukara〉に生まれ変わりました。
2015年より −8.2%
12,076 → 8,979人
うち可住地 35.1km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
人口1万人あたり 5.6
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
11.1km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。