Onigajo Warm-region fern colony Vegetation in the cave area. G.jpg
よみもの

24472 / みなみいせちょう

三重県 度会郡

南伊勢町

鬼が住んだという洞穴の崖に、シダが茂る。

鬼ヶ城暖地性シダ群落|押淵

Photo by さかおり (CC BY-SA 4.0)

01 / 竃方

山の権利にかかわる古証文を、七つの竈が輪番で預かる。

県指定の竃方古証文は31通。海沿いの八ケ竃(今は七ケ竃)が輪番で保管します。各竈は古くは製塩の集落と考えられ、文書の多くは塩を炊く薪をとるカマ山の権利に関するものです。町誌は、御証文と呼ばれて神聖視され、神祭に受け渡しの式が行われると記します。

  • 31通
  • 南北朝〜江戸時代の文書
  • 1953年 県指定

02 / 浅間

各地区に浅間が祀られ、切原と方座浦に山開きの祭りが伝わる。

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Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

町公式は、町内の各地区に浅間が祀られると記します。切原の浅間大祭は五ヶ所浦の浅間山の山開きの祭礼で、参る男たちは祭りの前の二週間、川で水垢離をします。方座浦では、化粧をした男衆が幣を立てて歩き、最後に浅間山神社へ奉納します。

  • 切原富士講 2004年 県選択
  • 五ヶ所浦浅間碑 1678年
  • 方座浦浅間祭 町指定

03 / 城跡

居館と詰城が組になった城跡に、愛洲氏の墳墓とされる五輪塔が並ぶ。

Gokasyo Aisu-no-Yakata ac.jpg
Photo by Asturio Cantabrio (CC BY-SA 4.0)

県指定史跡の五ヶ所城跡は、五ヶ所湾を南に望む要害地にあります。二重の土塁に囲まれた方形の主郭と、その南の一辺約40mの方形の館跡からなり、裾には愛洲氏の墳墓とされる五輪塔群があります。観光協会は、五輪塔を25基と記します。

  • 1938年 県指定史跡
  • 館跡は一辺約40m
  • 五輪塔は25基(観光協会)

くらし

駅の無い町へ、伊勢市駅前からバスで46分。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、伊勢市駅前から三重交通の路線バスで五ヶ所まで46分(毎日運転の最速)。町公式は「約50分」と案内します。五ヶ所は三重交通と町営バスの結節点で、町内の移動は町営バスに乗り継ぎます。

住んでいる人
10,989人
20052020

2015年より −14.1%

16,687 → 10,989人

面積
241.89km²

うち可住地 35.84km²

2024年

世帯数
4,977世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所11

人口1万人あたり 10.9

2023年

面積241.89km²うち可住地35.84km² / 15%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 6園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの南伊勢町34.352°N 136.704°E
東京南伊勢町
五ヶ所バスセンター
五ヶ所バスセンター2020年
  • 伊勢市まで路線バス46分

所要時間は町公式『南伊勢町町営バス総合時刻表[令和7年10月1日]』(https://www.town.minamiise.lg.jp/material/files/group/9/zikoku.pdf。町公式『町営バスについて』〔更新日 2026-04-27〕が掲載。三重交通の路線も再掲し『三交バス赤字は今回の改正です』と書く)の p.2〜3『三重交通 五ヶ所線(五ヶ所→伊勢市駅前→宇治山田駅前)』『同(宇治山田駅前→伊勢市駅前→五ヶ所)』。PDFを画像にして、『土日祝は運休』の赤い囲みの列を目で確かめた(2026-10-13 確認)。時間帯により異なります。

かたち

4市町村に、接している。

南伊勢町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

20.0km

大紀町・度会町・伊勢市・志摩市

南伊勢町は、こういう町です。

  1. 01押淵の山あいにある鬼ヶ城暖地性シダ群落は1928年に国の天然記念物に指定され、鬼が住んだという洞穴の付近の絶壁に暖地性のシダ類が生え、指定の解説は分布の北限地帯として重要と記す
  2. 02県指定の竃方古証文は、カマ山の権利に関する文書を七つの竈が輪番で保管し、浅間は各地区に祀られ、切原と方座浦に山開きの祭りが伝わる
  3. 03県指定史跡の五ヶ所城跡には愛洲氏の墳墓とされる五輪塔群があり、東宮には河村瑞賢が1663年に奉献した町指定の石の鳥居が残る

気になったら、町に聞いてみませんか。