01 / 千々石清左衛門の墓
天正遣欧少年使節の4人のうち、墓地が具体的に判明しているのは1人。
千々石ミゲルの墓。墓碑には男女二人の戒名と寛永9年(1633)の紀年銘、裏面に千々石玄蕃充の名が刻まれる。民間団体による4回の発掘で、二つの墓坑に成人の男女が一人ずつ埋葬されていたと分かり、被葬者が明らかにされた。
- 市指定史跡(2024年12月14日指定)
- 墓碑の紀年銘は寛永9年(1633)(市)
- 発掘調査は2014〜2021年に4回(市)
01 / 千々石清左衛門の墓
千々石ミゲルの墓。墓碑には男女二人の戒名と寛永9年(1633)の紀年銘、裏面に千々石玄蕃充の名が刻まれる。民間団体による4回の発掘で、二つの墓坑に成人の男女が一人ずつ埋葬されていたと分かり、被葬者が明らかにされた。
02 / 城山暖地性樹叢

本明川の右岸、周囲約1km・標高約50mの丘陵全体を覆う植物群。中世に西郷尚善が高城(諫早城)を築いた丘で、いまは諫早公園になっている。ヒゼンマユミが九州で最も多く、最も高い密度で生育し、巨木も多い。クスノキの巨木も見られる。
03 / ヱーセルテレカラフ
送信機と受信機の2台組の指字式電信機。文字盤を回すと受信機の指字針が回り、電鍵を押すと鐘が鳴る。箱書から元治元年(1864)以前の考案と示唆される。嘉永7年(1854)、藩主鍋島直正は精煉方に電信機制作を命じた。諫早市美術・歴史館が保管する。
くらし
有明海・大村湾・橘湾の3つの海と、多良山系、市の中心部を流れる本明川がある。市内を4本の国道とJR、島原鉄道が走り、長崎自動車道や島原道路が交わる。
2015年より −3.1%
144,034 → 133,852人
うち可住地 196.79km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 11.2
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2005-03-01 に合併。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
24.8km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。