01 / 長与三彩
発掘で、三彩の失敗品が出土した。長与で焼かれた可能性が、高まった。
嬉里郷田尾に、全長約115mの登り窯跡(長与皿山窯跡)が残ります。長与焼は寛文7年(1667年)に始まった窯で、三彩は製法などが不明なことから、町は「幻の長与三彩」と呼びます。平成17年の発掘で失敗品が出土し、同地で焼かれた可能性が高まりました。
- 全長約115mの登り窯跡
- 寛文7年(1667年)に始まる
- 平成17年 三彩の失敗品が出土
01 / 長与三彩
嬉里郷田尾に、全長約115mの登り窯跡(長与皿山窯跡)が残ります。長与焼は寛文7年(1667年)に始まった窯で、三彩は製法などが不明なことから、町は「幻の長与三彩」と呼びます。平成17年の発掘で失敗品が出土し、同地で焼かれた可能性が高まりました。
02 / 中尾城跡
土塁は下幅4m、上幅約1m、高さ2.5m。平成4年の発掘で、叩き締めた土の層が6枚観察され、6回積まれたと分かりました。県内の戦国の城の土塁は貧弱なものが多いといい、町の指定遺跡です。土塁は中尾城公園の頂上付近で見られます。
03 / 寺屋敷跡五輪塔群
丸田郷の住宅地に、大小6基の五輪塔が並びます。散らばる地輪から、30基を超えたと推測されています。年号は明徳2年(1391年)から天文10年(1541年)で、領主の長与氏と関係があるとみられます。県指定の史跡です。
くらし
町公式の交通案内では、JR長崎駅から長与駅または高田駅まで約16分です。町は長崎市中心部から約10kmで、琴ノ尾岳(451.4m)に発する長与川(延長約8km)が、大村湾に注ぎます。堂崎鼻と琴ノ尾岳は、ともに「次代に残そう長崎百景」に選ばれた名勝です。
2015年より −4.2%
35,377 → 40,780人
うち可住地 18.82km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 9.8
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
11.0km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。