安堵町歴史民俗資料館.jpg
よみもの

29345 / あんどちょう

奈良県 生駒郡

安堵町

奈良県の再設置を導いた人が、生まれた家。

今村邸|今村勤三の生家

Photo by Popbeans (CC BY-SA 4.0)

01 / 灯芯ひき

藺草から灯りの芯を引く技は、町の文化財の第1号。

灯芯ひきは、灯明や和蝋燭の燃え芯の灯芯を、藺草の表皮を除いて取り出す作業。江戸時代中期から昭和40年頃まで多くの世帯が携わり、年により差はあるが、1818〜1836年の記録では現銀収入の10〜20%前後を占めた。いまは灯芯保存会が継ぎ、二月堂の修二会などでも用いられると県は記す。

  • 町の文化財第1号 2015年6月1日指定
  • 現銀収入の10〜20%前後 1818〜1836年
  • 灯芯保存会 1996年12月結成

02 / 天理軽便鉄道

コミュニティバスの前身は、1915年開業の天理軽便鉄道。

天理軽便鉄道は、1915年に新法隆寺と天理の間で営業を始め、町公式は安堵町コミュニティバスの前身と記します。町を通った平端〜新法隆寺間は1945年に運転を中止し、1952年に廃止。町の観光パンフレットは、西安堵の木戸池に煉瓦組の築堤が残るとし、町指定文化財の第2号に挙げます。

  • 1915年2月7日 新法隆寺〜天理間で営業開始
  • 平端〜新法隆寺間 1952年4月1日廃止
  • 町指定文化財 第2号(建造物)

03 / 極楽寺

「広島大仏」とみられる像が、安堵の極楽寺に安置されている。

極楽寺 本堂.jpg
Photo by Popbeans (CC BY-SA 4.0)

極楽寺にある高さ約4mの阿弥陀如来坐像は、戦後に広島市で原爆犠牲者を弔うために安置され、のち行方が分からなくなった「広島大仏」とみられると町は記します。県の資料は、当地への伝来が判明し、現地との交流がなされていると記します。本尊の木造阿弥陀如来坐像は国の重要文化財です。

  • 高さ約4m
  • 本尊は国の重要文化財
  • 聖徳太子の開創と伝わる

くらし

法隆寺駅から、バスで5分。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、最寄りはJR法隆寺駅(斑鳩町)。町公式の運行表(2026年6月8日改正)では、法隆寺駅から安堵町役場まで、コミュニティバスと奈良交通バスの最短が5分。町の観光パンフレットは、安堵町一帯を奈良盆地の中で最も低いところに位置すると記します。

住んでいる人
7,225人
19952020

2015年より −2.9%

8,941 → 7,225人

面積
4.31km²

うち可住地 4.31km²

2024年

世帯数
3,068世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 4.2

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(100.0%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの安堵町34.606°N 135.757°E
東京安堵町
安堵町役場
安堵町役場2007年
  • 法隆寺まで路線バス5分

所要時間は安堵町コミュニティバス・奈良交通路線バスかしの木台住宅線『バス運行表』令和8年6月8日改正(町公式『安堵町コミュニティバスの運行について(令和8年6月8日から)』〈更新 2026-06-02〉の PDF 20260608kaisei.pdf・保存 $SP/ando/bus.pdf)。平日・土曜日・日曜日祝日の3つの表で、法隆寺駅『発』→安堵町役場『着』を、同じ便の列で数えた。(2026-10-14 確認)。時間帯により異なります。

かたち

4市町村に、接している。

安堵町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

3.3km

大和郡山市・斑鳩町・川西町・河合町

安堵町は、こういう町です。

  1. 01今村邸は、江戸時代から代々庄屋役をつとめた家で、明治20年(1887年)に大阪府から奈良県を独立・再設置に導いた運動家今村勤三の生家。表門・茶室・主屋・蔵・庭園があり、1993年から町の歴史民俗資料館になっている
  2. 02灯芯ひきは町の文化財の第1号で、灯芯保存会が藺草の栽培から継ぐ。町を通った天理軽便鉄道の煉瓦組の築堤は、町指定文化財の第2号と町の観光パンフレットは記す
  3. 03極楽寺には、広島で原爆犠牲者を弔うために安置された「広島大仏」とみられる像がある。本尊の木造阿弥陀如来坐像は国の重要文化財

気になったら、町に聞いてみませんか。