仁科芳雄生家.jpg
よみもの

33445 / さとしょうちょう

岡山県 浅口郡

里庄町

西の窓から海を眺めたと伝わる、勉強部屋。

仁科芳雄博士生家

Photo by Carpkazu at Japanese Wikipedia (CC BY-SA 3.0)

01 / 大原焼

奈良時代に遡るといわれる焼き物は、焙烙と櫨壷で全国的にも知られた。

土師器の系統をつぐ焼き物で、奈良時代に遡るといわれる。焙烙や漁具の櫨壷で全国的にも知られ、江戸から明治にかけて全国へ出荷された。二度火に強く、道安風呂や茶釜も焼かれてきた。宮地八幡神社の狛犬は大原焼製で、町指定文化財。

  • 歴史は奈良時代に遡るといわれる(町公式)
  • 江戸から明治にかけて全国へ出荷された(高梁川流域連盟)
  • 歴史民俗資料館は毎月第1・3日曜の9〜16時に開館・無料

02 / 新種の桜

重イオンビームを枝に照射して作った新種の桜が、里庄に植えられている。

理化学研究所の加速器「リングサイクロトロン」の重イオンビームを桜の枝に照射して作られた。里庄町には平成20年から「仁科蔵王」「仁科乙女」などが植樹された。「仁科」は理研の加速器の父・仁科芳雄博士にちなむ。

  • 重イオンビームの照射で突然変異を誘発して作出(理研)
  • 町への植樹は仁科蔵王が平成20年・仁科乙女が平成22年(仁科会館サイト)
  • 「仁科」は仁科芳雄博士に由来する名(理研)

03 / 大原踊り

合戦の犠牲者の霊を鎮めるのが最初といわれる踊りが、大原に伝わる。

里見の大原地区に伝わる盆の踊り。合戦の時の犠牲者の霊を鎮めるために行われたのが最初といわれる。昭和25年に大原踊り保存会ができ、町の観桜会や産業文化祭などでも踊られてきた。資料は、8月15日に戦没者慰霊碑の前で供養すると記す。

  • 平成23年3月23日に町指定文化財(高梁川流域連盟)
  • 昭和25年7月に大原踊り保存会を組織(同)
  • 観桜会・厚生体育大会・産業文化祭でも踊られる(同)

くらし

北に虚空蔵山、南に毛野無羅山。その間の平野が町の中心。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町の移住案内は、北に虚空蔵山、南に毛野無羅山があり、その間をほぼ東西に広がる平野部が町の中心部と書く。JR山陽本線と国道2号が平野を横断する。散策マップ(2026年1月更新)は「岡山県内で2番目に小さい町なので、歩いて」と呼びかける。

住んでいる人
10,950人
19952020

2015年より +0.2%

10,583 → 10,950人

面積
12.23km²

うち可住地 8.38km²

2024年

世帯数
4,138世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所5

人口1万人あたり 5.5

2023年

面積12.23km²うち可住地8.38km² / 69%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に、接している。

日本のなかの里庄町34.514°N 133.557°E
東京里庄町
里庄町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

5.3km

浅口市・笠岡市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

里庄町は、こういう町です。

  1. 01里庄町の仁科芳雄博士生家は、博士が14歳まで過ごした庄屋屋敷で、2階の勉強部屋の西の窓から海を眺めていたと伝えられています。主屋は2026年に「旧仁科家住宅主屋」として国登録有形文化財に登録され、毎週日曜に公開されています。
  2. 02奈良時代に遡るといわれる大原焼、理研の加速器で作られた新種の桜、大原地区に伝わる大原踊り(町の文化財)があります。明治から大正に全盛だった麦稈真田は、歴史民俗資料館で見られます。
  3. 03岡山県内で2番目に小さい町で、JR里庄駅から役場まで徒歩約10分です。北に虚空蔵山、南に毛野無羅山があり、その間の平野が町の中心になっています。

気になったら、町に聞いてみませんか。