01 / 荻堂貝塚
本土の縄文時代後期に並行する貝塚。出土品は、南島先史時代研究の標準資料だった。
荻道集落の北、標高約140mの丘陵の崖下にある貝塚で、貝層は厚いところで1.2mに達します。大正8年(1919)に東京帝国大学が発掘調査を行い、出土した土器は「荻堂式土器」と型式設定されました。
- 1972年 国指定史跡
- 貝層は厚いところで1.2m
- 大正8年(1919)東京帝国大学が発掘調査
01 / 荻堂貝塚
荻道集落の北、標高約140mの丘陵の崖下にある貝塚で、貝層は厚いところで1.2mに達します。大正8年(1919)に東京帝国大学が発掘調査を行い、出土した土器は「荻堂式土器」と型式設定されました。
02 / 龕屋

龕(ガン)は、棺を墓まで運ぶ朱塗りの輿で、喜舎場では大戦後しばらくの間、使われていました。龕屋は集落の西はずれに北向きに建ち、琉球石灰岩の石組みで、幅3.4m・高さ1.9m・奥行き4.4mです。
03 / 印部土手石

琉球王府が元文検地(1737〜50年)で土地測量の目印と境界に使った石です。屋宜原公民館の敷地の2基には「きしやはこし原」と刻まれ、観光協会は、屋宜原が喜舎場後原と呼ばれ喜舎場に属していた裏付けとします。渡口の1基は村の史跡です。
くらし
北中城村は沖縄島中部にあり、東側を中城湾に面しています。村内に鉄道の駅はなく、玄関口は北中城村役場です。世界遺産の中城城跡は、中城村と北中城村にまたがっています。
2015年より +11.3%
15,023 → 17,969人
うち可住地 9.48km²
2024年
1世帯 2.7人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 5.6
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
4.6km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
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