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よみもの

47326 / ちやたんちょう

沖縄県 中頭郡

北谷町

糸魚川産ヒスイの玉が、縄文の遺跡から出た。

伊礼原遺跡|ヒスイ製の玉

Photo by Bérangère444 (CC BY 4.0)

01 / インディアン・オーク号

座礁した英国船の乗組員67人を、北谷の人々が救助した。

1840年、英国東インド会社の船インディアン・オーク号が、字北谷の沖のリーフに乗り上げました。乗組員は67人。村人は壊れた船から道具を運び上げ、米や鶏、牛、豚などの食料と衣服を提供し、寝泊まりする小屋を建てたと、町の資料は記します。

  • 乗組員67人
  • 1840年
  • 遺物に銅板3枚・銅釘1,000点など

02 / 北谷町うちなぁ家

琉球石灰岩の2連式のフールが、典型的な形式をよくとどめる。

Chatan Uchinā-yā pigpen latrines.jpg
Photo by Bérangère444 (CC BY-SA 4.0)

北谷町うちなぁ家は、旧目取真家の主屋や旧崎原家のフール(便所)などを移築・復原した施設です。文化庁の解説では、フールは間口4m・奥行4.6mの石造りで、北半の2室にアーチ状の屋根を架け、手前の石組みの飼育場は床が石敷きです。

  • 間口4m・奥行4.6m
  • 琉球石灰岩の2連式
  • 2012年 国の登録有形文化財

03 / 平安山原B遺跡

東北系の土器とみられる破片が、グスク時代の耕作土に混じっていた。

平安山原B遺跡は伊平にあり、貝塚時代後期から近世・近代に及ぶ複合遺跡です。耕作土から出た土器の中に「工字文」のある破片があり、東日本の縄文時代晩期の大洞系土器である可能性が高いと確かめられました。

  • 縄文時代晩期後半の大洞A式の特徴
  • 町公式の見出しは「2500年前」
  • わずかに赤色が残る

くらし

鉄道の駅はなく、町役場へはバスで向かう。

  • 人口3万人規模
  • 郡部の町

北谷町は中頭郡の町で、町内に鉄道の駅はありません。町役場内の公文書館のページは、最寄りのバス停を「北谷町役場」(43番・徒歩1分)と案内しています。

住んでいる人
28,201人
19952020

2015年より −0.4%

23,737 → 28,201人

面積
13.91km²

うち可住地 13.06km²

2024年

世帯数
11,697世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
6.6万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院2/診療所14

人口1万人あたり 5.7

2023年

面積13.91km²うち可住地13.06km² / 94%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 8園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの北谷町26.320°N 127.764°E
東京大阪北谷町
北谷町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

5.9km

沖縄市・嘉手納町・北中城村・宜野湾市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

北谷町は、こういう町です。

  1. 01伊礼原遺跡は、2010年に町で初めて国の史跡に指定された縄文時代の集落跡で、晩期の遺物に新潟県糸魚川産のヒスイ製の玉がある。前期には、湧水ウーチヌカーの流路に竹製の笊を敷き、オキナワウラジロガシを貯蔵した遺構も確認された
  2. 021840年に字北谷の沖のリーフに乗り上げた英国船インディアン・オーク号の乗組員67人を、北谷の人々が救助した記録が、町の資料に残る
  3. 03北谷町うちなぁ家では、旧目取真家の主屋と旧崎原家のフールが2012年に国の登録有形文化財となり、平安山原B遺跡では東日本の縄文時代晩期の大洞系土器の可能性が高い破片が確認された

気になったら、町に聞いてみませんか。