Urasoe Youdore 20250506153546.jpg
よみもの

47208 / うらそえし

沖縄県

浦添市

時代の違う王が、同じ崖の墓に眠るという。

浦添ようどれ|二つの王陵

Photo by TurnOnTheNight (CC BY-SA 4.0)

01 / 伊波普猷と「浦添考」

論文「浦添考」が、浦添は首里以前の中山の中心だったと示したとされる。

顕彰碑おもろと沖縄学の父伊波普猷.jpg
Photo by Kiken68 (CC0)

沖縄学の父といわれる伊波普猷(1876〜1947)の墓は、浦添城跡の園内にあります。市の案内は、論文「浦添考」により浦添が首里以前の琉球王国中山の中心だったことが明らかにされたと記します。伊波は那覇西村の士族の家の生まれです。

  • 1876〜1947年
  • 墓は浦添城跡の園内
  • 那覇西村の士族の家の生まれ

02 / 当山の石畳道と安波茶橋

国王の参詣道の石畳が残るあたりは、馬が転ぶほどの坂道だった。

首里から浦添グスクへ通じる道の安波茶橋は、北橋のアーチが幅の長い琉球石灰岩3個でできています。普天満宮へ分かれる参詣道には約210mの石畳道「当山の石畳道」が残り、このあたりの道は「馬転ばし」と呼ばれました。

  • 北橋のアーチは石3個
  • 約210mの石畳道
  • 2012年 国史跡

03 / 西原東ガーと西原洗濯ガー

産水と若水を汲んだ井泉の隣に、洗濯や農具洗いの井泉がある。

Nishibaru Agari-gā 07.jpg
Photo by Bérangère444 (CC BY-SA 4.0)

西原東ガーは別名ウブガーの村井で、産水や若水を汲むのに使われ、昭和56年に市の史跡になりました。隣の西原洗濯ガーは洗濯や農具洗いなどに使われ、平成18年に指定されました。ともにうがんやま公園内にあります。

  • 産水・若水を汲んだ村井
  • 1981年 東ガーが市指定史跡
  • 2006年 洗濯ガーが市指定史跡

くらし

那覇の北隣の市で、ゆいレールの駅が3つある。

  • 人口12万人規模

浦添市は那覇市の北に隣接し、市内のゆいレールの駅は経塚・浦添前田・てだこ浦西の3つです。玄関口は浦添前田駅です。市公式は、浦添前田駅から浦添グスク・ようどれ館までを徒歩15分と案内します。

住んでいる人
115,690人
19952020

2015年より +1.3%

96,002 → 115,690人

面積
19.44km²

うち可住地 18.7km²

2024年

世帯数
47,331世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
5.3万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院7/診療所85

人口1万人あたり 8.0

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(96.2%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 28園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に囲まれ、ほとんどが平地。

日本のなかの浦添市26.246°N 127.722°E
東京大阪浦添市
浦添市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

4.6km

那覇市・宜野湾市・西原町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

浦添市は、こういう町です。

  1. 01浦添ようどれは、国史跡「浦添城跡」の北側にある陵墓で、西室は英祖王(1299年没)、東室は尚寧王(1620年没)の墓室といわれ、浦添グスク・ようどれ館には西室が実物大で再現されている
  2. 02沢岻イリヌカーは、王府に納めるテナガエビ・川エビ・フナ・ウナギを飼って急な命令に備えたと伝わる井泉で、2023年に市の指定史跡になった
  3. 0314世紀ごろの浦添グスクは、高麗系瓦ぶきの正殿を切石積みの城壁で囲んだ巨大なグスクだったことが、発掘調査で明らかになった

気になったら、町に聞いてみませんか。