01 / 石槨
作業中に見つかった横口式石槨が、町の広場で展示されている。

昭和33年(1958)に見つかった古墳の石槨で、町は井戸掘りの作業中、府は水槽設置中の発見と記します。二上山の凝灰岩製で、小口に横口がつく形。発見当時は推古天皇陵の陪塚かと新聞をにぎわせ、いまは町の広場に移築展示されています。
- 昭和33年に発見
- 二上山の凝灰岩製
- 府指定 1973年3月30日
- 府の指定名は「松井塚古墳石棺」
01 / 石槨

昭和33年(1958)に見つかった古墳の石槨で、町は井戸掘りの作業中、府は水槽設置中の発見と記します。二上山の凝灰岩製で、小口に横口がつく形。発見当時は推古天皇陵の陪塚かと新聞をにぎわせ、いまは町の広場に移築展示されています。
02 / 石窟

竹内街道の間道、岩屋越の近くにある石窟寺院です。大きいほうの石窟は幅7.6m、高さ6.14m、奥行4.5mで、中央に凝灰岩の石塔が立ちます。町は、文献に記録がなく、造営にかかわった氏族もわからない謎の多い寺跡と案内します。
03 / 人
町は中山久蔵を、1828年生まれで、大阪の春日(太子町)から仙台藩を経て、1871年に北海道の島松(北広島市)へ入植した人と紹介します。1873年に寒冷地米「赤毛種」の栽培に挑み、北広島市は同年、反あたり345キログラムの収穫に成功したと記します。
くらし
町内に鉄道の駅はなく、最寄りは近鉄南大阪線の上ノ太子駅(羽曳野市)と長野線の喜志駅(富田林市)。町公式の時刻表(令和7年10月改正)では、上ノ太子駅前から太子町役場までたいしのってこバスで最短6分、喜志駅前から金剛ふるさとバスで最短11分。
2015年より −5.4%
12,872 → 13,009人
うち可住地 8.99km²
2024年
1世帯 2.6人
2020年
人口1万人あたり 5.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS

所要時間は太子町公式『太子町内を走るバスの時刻表』(更新日 2026-04-01・令和7年10月1日から新ダイヤ・2026年4月更新で『バスのダイヤに変更ありません』)の PDF(https://www.town.taishi.osaka.jp/material/files/group/14/260401newjikoku.pdf・保存 $SP/osaka-taishi/bustt.pdf・16頁)。【上ノ太子→役場】たいしのってこバス(太子町コミュニティバス)の『太子中央循環線』山田廻り(平日表):上ノ太子駅前 8:06 発→太子町役場 8:12 着(6分)、8:39→8:45、12:25→12:31、17:56→18:02、20:11→20:17、22:56→23:02。(土・日・祝表):7:57→8:03、17:27→17:33、18:57→19:03、20:09→20:15、22:48→22:54。平日にも土日祝にも6分の便がある(毎日運転)。ほかの便は17分(太子廻り)や7分(春日廻り)。【喜志→役場】金剛ふるさとバス(近鉄バス)『喜志循環線』(全日=平日・休日共通の1枚の表):喜志駅前 11:10→太子町役場 11:21、12:10→12:21、16:35→16:46、17:25→17:36、18:15→18:26、19:35→19:46、20:25→20:36(いずれも11分・太子廻り)。ほかの便(6:30→6:47・7:15→7:32・8:10→8:27・9:10→9:27・10:10→10:27・13:35→13:52・14:25→14:42・15:10→15:27)は葉室廻りで17分。【町公式の目安】町公式『アクセス』(更新日 2023-12-21):『上ノ太子駅よりたいしのってこバス…「太子町役場」バス停下車(所要時間約10分)』『喜志駅より近鉄バスに乗車「太子町役場」バス停下車(所要時間約15分)』(2026-10-14 確認)。時間帯により異なります。
かたち
南北のながさ
4.9km
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