青ヶ島村・丸山(二つの火口)
よみもの

13402 / あおがしまむら

東京都

青ヶ島村

火口の中の山に、旧火口が二つある。

丸山|二つの火口

Photo by Soica2001 (Public domain)

01 / 三宝港の船揚場

漁船の船着き場は陸にあり、出航のたびにクレーンで吊り上げる。

青ヶ島村の三宝港の船揚場
Photo by ブルーノ・プラス (CC BY-SA 4.0)

村公式によると、青ヶ島(三宝)港は大切な海の玄関口で、国内で最後まではしけ作業が行われていました。漁船の船着き場が陸にあるため、出航のたびに備え付けの大きなクレーンで漁船を吊り上げます。

  • 漁船の船着き場は陸にある
  • 備え付けの大きなクレーンで吊り上げ
  • はしけ作業は国内で最後まで(村公式)

02 / ひんぎゃ|地熱の釜

火の際が語源の「ひんぎゃ」は、電気のない時代に調理や暖房に使われた。

青ヶ島村のひんぎゃ|地熱の釜
Photo by ブルーノ・プラス (CC BY-SA 4.0)

村公式によると、池之沢地区には島言葉で「ひんぎゃ」と呼ぶ水蒸気の噴き出す穴が無数に見られ、電気のない時代は暖房や調理に使われました。近くの地熱釜は、卵やさつまいもなど何でもふかせる天然の釜です。

  • 語源は火の際(ヒノキワ)
  • 池之沢地区に無数にある
  • 地熱釜は何でもふかせる

03 / ひんぎゃの塩づくり

黒潮本流の海水を、地熱だけでじっくり時間をかけて塩にする。

村公式の特産品の案内によると、ひんぎゃの塩は、黒潮本流から汲み出した海水を地熱のみを利用して、じっくり時間をかけて作ります。「ひんぎゃ」は、地面から蒸気の噴き出す噴気孔のことです。

  • 黒潮本流から汲んだ海水
  • 地熱のみを利用
  • じっくり時間をかけて作る

空から見た青ヶ島村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2020年11月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

八丈島の南へ、船で渡る島。

  • 人口1千人規模

村公式によると、青ヶ島は東京の南358km、八丈島から68kmの洋上で、伊豆諸島の最南端にあります。島全体を黒潮暖流が包み、年間を通じて10〜25℃と温暖です。集落はいずれも標高250m以上にあります。

住んでいる人
169人
19952020

2015年より −5.1%

237 → 169人

面積
5.95km²

うち可住地 2.34km²

2024年

世帯数
118世帯

1世帯 1.4人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所1

人口1万人あたり 59.2

2023年

面積5.95km²うち可住地2.34km² / 39%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 0園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

0市町村に、接している。

日本のなかの青ヶ島村32.467°N 139.763°E
東京大阪青ヶ島村
青ヶ島村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

3.4km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

青ヶ島村は、こういう町です。

  1. 01丸山は、村公式が大小二つの旧火口を持つ内輪山と紹介する山。気象庁は、直径1.5〜1.7kmの池の沢火口の中にある中央火口丘と記す
  2. 02名主だった佐々木次郎太夫伊信の墓は都指定の史跡。旧名主佐々木家の古文書3冊は村指定有形文化財で、屋敷跡には玉石垣やソテツの大木が残る
  3. 03集落は外輪山北側の緩やかな傾斜地、標高250〜300mに集まる。島でいちばん高い大凸部は標高423mで、三角点がある

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。