小笠原村・ロース石(母島特産)
よみもの

13421 / おがさわらむら

東京都

小笠原村

虫の塚も資料館も、同じ石でできている。

ロース石|母島特産

Photo by タクナワン (CC0)

01 / ハハジマメグロ

特別天然記念物のハハジマメグロは、母島の集落の周辺で観察できる。

小笠原村のハハジマメグロ
Photo by Tomohide shimura (CC BY-SA 4.0)

国の特別天然記念物(昭和52年3月15日指定)。村の母島案内は、乳房山の遊歩道で会える鳥として紹介し、東京都の島のポータルは、集落周辺で観察できる鳥として紹介します。

  • 国の特別天然記念物(昭和52年3月15日)
  • 乳房山の遊歩道で会える
  • 集落周辺で観察できる

02 / 南島の扇池|沈水カルスト

扇池は、天然橋で外洋とつながるドリーネの砂浜と記される。

小笠原村の南島の扇池|沈水カルスト
Photo by ブルーノ・プラス (CC BY-SA 4.0)

文化遺産オンラインは、南島の中央部に扇池と呼ばれる天然橋で外洋と繋がったドリーネがあり、砂浜が成立すると記します。砂丘には1,000〜2,000年前に絶滅したヒロベソカタマイマイの化石が数多く見られます。

  • 国の天然記念物(平成20年3月28日)
  • 南北約1.5km・東西約400mの無人島
  • 1,000〜2,000年前に絶滅した貝の化石

03 / 扇浦のにほへ碑

八丈島からの移民30名のうち8名は子ども。手習いの筆を供養した碑が扇浦にある。

文久2年(1862年)、八丈島から移民した開拓農民30名のうち8名は子どもで、幕府役人の原又吉が手習いを教えました。使い終えた筆を供養する筆塚として、その冬に建てられ、小笠原神社の境内にあります。

  • 文久2年(1862年)
  • 移民30名のうち8名が子ども
  • 村指定有形文化財(平成22年7月)

空から見た小笠原村

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2014年2月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京の竹芝桟橋から、父島まで船で24時間。

  • 人口3千人規模

村公式は、定期船おがさわら丸で竹芝桟橋から24時間で父島の二見港に着くと記します。母島は父島の南約50kmで、二見港からははじま丸で2時間。人口は2,457人(令和8年9月1日現在。父島2,061人・母島396人)です。

住んでいる人
2,929人
19952020

2015年より −3.1%

2,809 → 2,929人

面積
113.04km²

うち可住地 61.65km²

2024年

世帯数
1,469世帯

1世帯 2.0人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 10.2

2023年

面積113.04km²うち可住地61.65km² / 55%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

0市町村に、接している。

日本のなかの小笠原村27.094°N 142.192°E
東京大阪小笠原村
小笠原村の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

390.0km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

小笠原村は、こういう町です。

  1. 01母島の蟲塚(昭和10年8月)と台石は、母島に産するロース石でできている。母島特産のロース石造りの郷土資料館は、ロース記念館と呼ばれる
  2. 02母島の御幸之浜では、貨幣石という大型有孔虫の化石が見られる。父島の奥村には、1862年に建てられた漂流者冥福碑がある
  3. 03村公式は、小笠原諸島を「世界自然遺産」として観光ガイドの冒頭に掲げる。島の発見は、1593年に信州深志城主の曾孫、小笠原貞頼によるものと伝えられる

気になったら、町に聞いてみませんか。