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よみもの

30382 / ひだかちょう

和歌山県 日高郡

日高町

峠越えに備え、人も牛馬も沓をはきかえたらしい。

沓掛王子跡|原谷

Photo by Indiana jo (CC BY-SA 4.0)

01 / 当屋獅子

4地域の鬼獅子が毎年交代で、当番の地域のものが社に奉納される。

高家王子.jpg
Photo by Indiana jo (CC BY-SA 4.0)

高家王子跡は、内原王子神社が所有する県の史跡です。例大祭は地元で「秋祭り」と呼ばれ、当番の地域の鬼獅子が奉納されることから、当屋獅子と言われます。獅子屋台や四ッ太鼓の宮入があり、童巫女が豊栄の舞を舞います。

  • 県指定史跡(昭和33年)
  • 4地域の鬼獅子
  • 毎年交代で当番

02 / 黒竹

原谷で明治初期から植えられた黒竹は、1〜2年を経るうちに黒茶色になる。

原谷は、町公式が全国一の黒竹の生産地と紹介する地区で、明治初期に植林が始まりました。切り出した竹は黒さや太さで選び、油分を抜き、曲がりを直して出荷されます。県の資料は、獣害や病気で生産量が激減していると記します。

  • 明治初期に植林が始まる
  • 1〜2年で黒茶色に
  • 県の資料:生産量が激減

03 / 徳本上人

全国を行脚した念仏行者の生家跡が、志賀で県の史跡になっている。

徳本上人は宝暦8年(1758)に志賀で生まれ、江戸時代に全国を行脚した念仏行者です。誕生院は文政7年(1824)の開基で、生家跡は「徳本上人誕生遺跡」として県の史跡です。町公式は、上人の名号碑が全国に千基以上あると記します。

  • 宝暦8年(1758)生まれ
  • 県指定史跡(昭和33年)
  • 名号碑は千基以上(町公式)

くらし

御坊で乗り換え、紀伊内原駅から徒歩5分。

  • 人口8千人規模
  • 郡部の町

町内のJR紀勢本線の駅は紀伊内原駅で、2026年10月14日の駅時刻表では特急は停まらず、普通だけが走ります。町公式は、特急で御坊駅まで行き、普通電車に乗り換えて紀伊内原駅で降り、役場まで徒歩5分と案内します。1954年に内原・志賀・比井崎の3村が合併して発足しました。

住んでいる人
7,673人
19952020

2015年より +0.4%

6,926 → 7,673人

面積
46.21km²

うち可住地 15.7km²

2024年

世帯数
2,896世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所3

人口1万人あたり 3.9

2023年

面積46.21km²うち可住地15.7km² / 34%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの日高町33.926°N 135.141°E
東京日高町
日高町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

11.6km

美浜町・由良町・御坊市・広川町・日高川町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

日高町は、こういう町です。

  1. 01沓掛王子跡は熊野古道紀伊路の原谷にある王子跡で、町公式は、人も牛馬もここで沓をはきかえて峠越えに備えたのだろうと記し、原谷の紀伊路は令和4年11月10日に国の史跡に追加指定された
  2. 02高家王子跡の内原王子神社には4地域の鬼獅子が毎年交代で奉納される当屋獅子があり、原谷は町公式が全国一の産地と紹介する黒竹の里で、産地は獣害や病気で生産量が激減していると県の資料は記す
  3. 03志賀は徳本上人が生まれた地で生家跡は県の史跡になっており、比井の紀伊王子神社の経塚出土品は国指定の考古資料、産湯には町指定の産湯七ツ井や榕樹がある

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。