Hiromura-teibou akamon.JPG
よみもの

30362 / ひろがわちょう

和歌山県 有田郡

広川町

堤の切通しに、赤い扉が立つ。

赤門|広村堤防の防潮扉

Photo by アリオト (CC BY-SA 4.0)

01 / 堤の松とハゼ

二段の堤の間に約1,000本の松を、内側に約100本のハゼを植えた。

広村堤防 2024.jpg
Photo by ほっきー (CC0)

国の史跡の広村堤防は、畠山氏の石堤と、安政年間に濱口梧陵が築いた堤の二段です。町の特設サイトは、梧陵が石堤との間に松を、内側に蝋燭の原料のハゼを植え、ハゼは補修費用などに充てたと記し、松は二代目、ハゼは今も数本残るとします。

  • 国の史跡(1938年指定)
  • 松約1,000本・ハゼ約100本
  • 石堤と堤の二段

02 / 養源寺の本堂

市街地の中心部に建つ寄棟造の本堂は、棟に鯱瓦を載せる。

Yogen-ji, Hirogawa 202604-3.jpg
Photo by 運動会プロテインパワー (CC BY-SA 4.0)

養源寺は日蓮宗の寺です。本堂は寄棟造平入の本瓦葺で、向拝が一間付き、北東に入母屋造の玄関が接続します。組物は舟肘木で、内陣は格天井を張り、来迎柱や組物を彩色で飾ります。正徳3年(1713)の建築で、2026年2月に大黒堂とともに登録有形文化財になりました。

  • 寄棟造・本瓦葺
  • 正徳3年(1713)
  • 2026年 登録有形文化財

03 / 広八幡の田楽

鬼が舞殿を一周し、鰐を迎えて踊子と共にもう一周する。

Hiro hachiman.jpg
Photo by Opqr (CC BY-SA 4.0)

広八幡神社では毎年10月1日の例大祭に、古来「しっぱら踊り」と呼ばれる田楽が舞殿で奉納されます。踊子はささらをすって踊り、鬼は鰐を迎えたあと獅子を導き出して舞います。国の選択芸能で、社の本殿は室町時代の重要文化財です。

  • 毎年10月1日
  • 14人で奉納
  • 1973年 国の選択

くらし

町の中央を、広川が紀伊水道へ流れる。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

有田郡の最南端にあり、面積は65.35km²。町は和歌山市へ40km、大阪市へ100kmと案内します。1955年4月に広町・南広村・津木村が合併して発足し、町名は三つの町村を流れた広川に由来します。町内の鉄道はJRきのくに線の広川ビーチ駅で、特急は停まりません。役場や稲むらの火の館へは、町公式が隣町の湯浅駅を最初に案内します。

住んでいる人
6,781人
19952020

2015年より −6.1%

8,735 → 6,781人

面積
65.35km²

うち可住地 17.04km²

2024年

世帯数
2,481世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所4

人口1万人あたり 5.9

2023年

面積65.35km²うち可住地17.04km² / 26%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの広川町34.030°N 135.173°E
東京広川町
広川町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

9.4km

日高川町・湯浅町・由良町・有田川町・日高町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

広川町は、こういう町です。

  1. 01広村堤防の切通しに立つ赤門は防潮扉で、町の中央を貫く大道がここから広八幡神社へ延び、堤防は国の史跡になっている
  2. 02広八幡神社は本殿・拝殿・楼門などが国の重要文化財で、10月1日の例大祭には国の選択芸能の田楽が奉納され、養源寺の本堂は2026年に登録有形文化財になった
  3. 03濱口家住宅は御風楼を含めて国の重要文化財で、法蔵寺の鐘楼も国の重要文化財、広八幡神社の東の丘にはかつて南紀男山焼の窯があり、稲むらの火の館は町の施設である

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。