石人山古墳石人.JPG
よみもの

40544 / ひろかわまち

福岡県 八女郡

広川町

顔がのっぺらぼうになった、石人。

石人山古墳|武装石人

Photo by 小池 隆 (CC BY-SA 4.0)

01 / 弘化谷古墳

ぶどう園を造る工事中に、石屋形の壁画が見つかった。

Kokadani kofun.jpg
Photo by 水だらけのプール (CC0)

直径約39mの大形円墳。石屋形の奥壁には、薄く赤を地塗りした上に濃い赤などで三角文・円文・双脚輪状文が描かれ、靫は線刻される。双脚輪状文は桂川町の王塚古墳などでも見られる文様。壁画のレプリカは古墳資料館の1階にある。

  • 直径約39mの円墳
  • 国史跡(1977年指定)
  • 壁画のレプリカを古墳資料館に展示

02 / 増永祇園神社の丁切

祇園祭に立つ楼門状の建物は、1本の釘も使わずに組まれる。

増永区の祇園祭のときに立てられる楼門状の建築物で、飾り提灯が下げられる。丁切は町切とも書かれ、かつては町内各所に見られたが、現在は増永区にのみ残る。広川町指定文化財の第1号。

  • 広川町指定文化財第1号(民俗文化財・無形)
  • 1本の釘も使わずに組み立てる
  • 現在は増永区にのみ残る

03 / 石人山古墳の家形石棺

八女石灯籠と同じ石の棺に、直弧文が浮き彫り風に刻まれる。

石人山古墳家型石棺.JPG
Photo by 小池 隆 (CC BY 4.0)

後円部の中央にある家形石棺。4枚の板石を立て、屋根になる蓋石をのせる。阿蘇溶結凝灰岩製で、屋根の外面に直弧文や重圏文が浮き彫り風に彫られる。魔よけの意味があったと思われる。

  • 阿蘇溶結凝灰岩製
  • 4枚の板石に蓋石をのせる
  • 直弧文・重圏文

くらし

耳納山系に囲まれた、広川谷の盆地の町。

  • 人口2万人規模
  • 郡部の町

広川町は福岡県南部の八女郡にあり、耳納山系に囲まれた通称広川谷(広川盆地)に、広川が細長い平野をつくります。農業はいちご・ぶどう・なし・桃・茶などが盛んで、久留米絣や竹細工の家内工業も育ちました。九州自動車道が町のほぼ中央を通り、広川インターチェンジがあります。

住んでいる人
19,969人
19952020

2015年より −1.1%

19,437 → 19,969人

面積
37.94km²

うち可住地 24.46km²

2024年

世帯数
7,486世帯

1世帯 2.7人

2020年

家賃(借家の平均)
4.6万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院4/診療所14

人口1万人あたり 9.0

2023年

面積37.94km²うち可住地24.46km² / 64%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 5園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

3市町村に、接している。

日本のなかの広川町33.242°N 130.552°E
東京大阪広川町
広川町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

6.2km

久留米市・八女市・筑後市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

広川町は、こういう町です。

  1. 01八女郡広川町の石人山古墳は、国史跡・八女古墳群の一つの前方後円墳です。前方部と後円部のくびれに、身長約2mの武装石人が立ちます。顔がのっぺらぼうなのは、目や肩・腰を患う人が石人の同じ部分をたたいたり削って持ち帰ると症状が和らぐという迷信があったからと、町は書きます。
  2. 02谷をはさんだ弘化谷古墳は、ぶどう園を造る工事中に石屋形の壁画が見つかった円墳です。増永区の祇園祭では、釘を1本も使わずに組む楼門状の丁切が立てられます。旧八女郡に5点が確認された農耕習俗絵馬のひとつが、日吉の早玉神社にあります。
  3. 03八女すだれは県知事指定の特産工芸品で、町公式によると、製造する3軒のうち2軒が広川町にあります。久留米絣も町の特産です。太原のイチョウは私有地にあり、2026年は11月17日から23日だけ観覧のために開かれます。

気になったら、町に聞いてみませんか。