鎌ケ谷市・下総小金中野牧跡(捕込)
よみもの

12224 / かまがやし

千葉県

鎌ケ谷市

その年生まれの馬に、千鳥の焼印を押した。

下総小金中野牧跡|捕込

Photo by Higa4 (CC0)

01 / 分水界

降った雨が、手賀沼・印旛沼・東京湾の三方向へ分かれて流れる。

鎌ケ谷は北総台地の高いところにあり、降った雨の水が手賀沼・印旛沼・東京湾の三つの方向に分かれて流れます。市は富岡二丁目と右京塚の交差点付近をこう呼び、高さ70センチのピラミッド形のモニュメントを設けました。

  • 手賀沼・印旛沼・東京湾の三方向
  • 高さ70センチのモニュメント
  • 富岡二丁目と右京塚の交差点付近

02 / 初富

豊かな土地になれと願い、最初の開墾地を「初富」と名付けたとされる。

鎌ケ谷市の初富
Photo by Higa4 (CC0)

明治2年(1869)、開墾局の役人たちは粟野村の名主の家に泊まり、開墾予定地を視察しました。その旅宿看板は市指定文化財です。豊作稲荷神社は、開墾地初富の豊穣を願って明治6年に建てられました。

  • 明治2年(1869)に開墾が始まる
  • 旅宿看板は平成10年に市指定
  • 豊作稲荷神社は明治6年の建立

03 / 大仏

鎌ケ谷宿の北のはずれに、安永5年の釈迦如来座像が座る。

鎌ケ谷市の大仏
Photo by Higa4 (CC0)

鎌ケ谷大仏は、安永5年(1776)に鎌ケ谷宿の商人が祖先の供養のため、江戸神田の鋳物師に鋳造させた、高さ1.8メートルの座像です。開眼供養は「皿にゃ小判」と唄われたと伝わります。

  • 安永5年(1776)の鋳造
  • 高さ1.8メートル
  • 昭和47年に市指定

空から見た鎌ケ谷市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年6月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

日本橋まで、直通列車で最速33分。

  • 人口11万人規模

新鎌ケ谷駅には、成田スカイアクセス線・東武アーバンパークライン・京成松戸線・北総線の4路線が乗り入れます。日本橋へは、都営浅草線に直通する北総線の列車が毎日運転の最速で33分です(2026年10月のダイヤ)。市役所は新鎌ケ谷二丁目にあります。

住んでいる人
109,932人
19952020

2015年より +0.9%

99,694 → 109,932人

面積
21.08km²

うち可住地 19.83km²

2024年

世帯数
47,146世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
6.1万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院5/診療所66

人口1万人あたり 6.5

2023年

面積21.08km²うち可住地19.83km² / 94%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 9園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの鎌ケ谷市35.777°N 140.001°E
大阪鎌ケ谷市
新鎌ケ谷駅
新鎌ケ谷駅2024年
  • 日本橋まで都営浅草線・北総線33分

所要時間は北総鉄道公式サイトの乗換検索(https://hokuso.ekitan.com/jp/pc/N1。都営浅草線・京成線との直通列車を含む)を、2026-10-26(月)と 2026-10-25(日)の5:00〜23:30、30分おきの出発時刻で走査し、乗り換え回数0回の列車の出発→新鎌ケ谷着の差を数えた(浅草は平日59本・日曜62本、日本橋は平日57本・日曜61本を拾った)。北総の時刻表は『2025年12月13日現在』の改正(時刻表ページの表示)(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

鎌ケ谷市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

7.3km

鎌ケ谷市は、こういう町です。

  1. 01江戸幕府の直轄の牧・中野牧の捕込は、野馬を追い込んで選別した施設で、野馬土手とともに国史跡(2007年指定)。当歳馬には千鳥の焼印を押した
  2. 02雨の三叉路は、降った雨が手賀沼・印旛沼・東京湾の三方向へ分かれる分水界で、初富は明治2年に開墾が始まった最初の開墾地の名
  3. 03鎌ケ谷大仏は安永5年の鋳造で、宿場の北のはずれに座る。鎌ケ谷宿は木下街道の宿場だった

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。