松戸市・旧徳川家松戸戸定邸(昭武の私邸)
よみもの

12207 / まつどし

千葉県

松戸市

富士山と江戸川を、庭の借景にした。

旧徳川家松戸戸定邸|昭武の私邸

Photo by Wiiii (CC BY-SA 3.0)

01 / 史跡

親戚の家で見つけた梨の木を植え替えて、10年で成熟果を得た。

松戸市の史跡
Photo by Higa4 (CC0)

旧大橋村(松戸市大橋)生まれの13歳の少年、松戸覚之助が、親戚の家で見つけた小さな梨の木を自宅に植え替えて10年、明治31年(1898)に成熟果を得ました。これが後の二十世紀梨です。苗木は明治37年に鳥取県へ送られ、原木は昭和22年に枯死しました。

  • 市指定史跡(昭和40年)
  • 明治31年(1898)に成熟果
  • 原木は昭和22年に枯死

02 / 近代土木

坂川の水流を調整する、煉瓦造り4連アーチの樋門。

松戸市の近代土木
Photo by Y=F(X) (CC BY-SA 3.0)

柳原水閘は、坂川の水流を調整するため明治37年(1904)に造られました。鉄筋コンクリートが普及する前の煉瓦造り4連アーチの樋門で、アーチ部分には大きさの違う石を用いた特徴的な外観をもちます。市は、明治時代の煉瓦積み工法を伝える土木史上の貴重な建造物とします。

  • 市指定有形文化財(平成7年)
  • 明治37年(1904)の造
  • 煉瓦造り4連アーチ

03 / 梵鐘

長柄の鋳物師が作った鐘は、佐倉の寺から本土寺へ移った。

建治4年(1278)の刻銘をもつ梵鐘です。刻銘から、作者は上総国刑部郡(現在の長生郡長柄町)の鋳物師・大中臣兼守であること、当初は印東荘六崎(佐倉市)の大福寺にあったものが、文明14年(1482)に本土寺へもたらされたことがわかります。

  • 国の重要文化財(昭和52年指定)
  • 建治4年(1278)の刻銘
  • 文明14年(1482)に本土寺へ

空から見た松戸市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年6月〜10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

上野まで16分、東京まで22分。

  • 人口50万人規模
  • 都心まで30分

常磐線の特別快速で、上野駅まで16分、上野東京ラインで東京駅まで22分です。毎日運転の列車の中で最も速い便を数えました。この特別快速は午後の2本です。

住んでいる人
498,232人
19952020

2015年より +3.1%

461,503 → 498,232人

面積
61.38km²

うち可住地 59.54km²

2024年

世帯数
231,195世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
6.2万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院19/診療所277

人口1万人あたり 5.9

2023年

ほとんど、平地。ほぼ全域が可住地(97.0%)
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 63園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの松戸市35.788°N 139.903°E
大阪松戸市
松戸駅
松戸駅2024年
  • 上野までJR常磐線16分
  • 東京までJR上野東京ライン・常磐線22分

所要時間はJR東日本の駅時刻表(timetables.jreast.co.jp・2610版)の常磐線 下り(品川-上野-水戸-仙台)の平日表・土曜休日表を列車ごとに数えた値。毎日運転(運転日『全日』)の最速。市公式『松戸市役所のご案内』の『JR上野駅から最短約17分/JR東京駅から最短約23分(上野東京ライン)/JR品川駅から最短約33分』とも一致(2026-10-22 確認)。時間帯により異なります。

かたち

2都県・7市町村に、接している。

松戸市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

11.4km

埼玉県
三郷市

松戸市は、こういう町です。

  1. 01旧徳川家松戸戸定邸は、水戸徳川家第11代当主の徳川昭武が明治17年に私邸として建て、庭は遠景の富士山と近景の江戸川を借景に取り入れる
  2. 0213歳の少年が明治31年に成熟果を得た二十世紀梨は、松戸の旧大橋村で生まれた
  3. 03坂川の煉瓦造り4連アーチの樋門と、長柄の鋳物師が作った本土寺の梵鐘が、町の明治と鎌倉を伝える

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

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