01 / 御境石
藩境の石列は、境石と馬継所を兼ねていた。
江戸時代、小保は柳河藩、榎津は久留米藩に属し、御堺江湖(水路)と石列の御境石が境だった。小保は人馬継立の設備を備えた宿駅で、石列に貫(横木)を通して馬を繋いでいたといわれる。御堺江湖は旧吉原家住宅(国指定重要文化財)の近くに残る。
- 市指定 史跡(平成30年4月26日指定)
- 小保は柳河藩、榎津は久留米藩に属した(市)
- 天明6年(1786)の「小保町絵図」に石列が描かれる(保存会)
01 / 御境石
江戸時代、小保は柳河藩、榎津は久留米藩に属し、御堺江湖(水路)と石列の御境石が境だった。小保は人馬継立の設備を備えた宿駅で、石列に貫(横木)を通して馬を繋いでいたといわれる。御堺江湖は旧吉原家住宅(国指定重要文化財)の近くに残る。
02 / 日吉神社の船御輿
榎津の日吉神社に伝わる船御輿は、長さ9.3m、中央幅2m、高さ3m。杉材に漆を塗り、釘を一本も使わずに組み立て、底の四輪の木車で曳く。榎津の船大工たちが安永3年(1774)に奉納した。5月の例大祭に合わせて公開される。
03 / 筑後川昇開橋

昭和10年(1935)に国鉄佐賀線の鉄道橋として完成した、全長507.2mの橋。筑後川の舟運に配慮して、中央の可動桁を持ち上げる昇開式とした。昭和62年の廃線後、平成8年に遊歩道として復活した。いまは可動桁の昇降に支障があり、歩いて渡れる。
くらし
福岡県南部の主要都市の久留米市・大牟田市と、佐賀県佐賀市を結ぶトライアングルのほぼ中心にあります。筑紫平野の中央にあり、筑後川が市の西部を流れて有明海に注ぎます。市公式は、西鉄柳川駅から西鉄バスで約20分の国際医療福祉大学前または中原高木病院前までを案内しています。
2015年より −5.3%
43,341 → 32,988人
うち可住地 33.62km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 9.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
8.2km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
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