01 / 旧千葉家住宅
宿駅の要職を勤めた千葉家の座敷に、家老クラスや長崎奉行などの休泊記録がある。
海田は西国街道の宿場町。千葉家(屋号は神保屋)は酒造業のかたわら、広島藩の天下送り役・宿送り役など宿駅の要職を勤めた。安永三年(1774)建築の座敷棟は数寄屋風で、欄間に芦雁や波兎、雲竜がみられる。書院は県の重要文化財、泉庭は県の名勝。
- 安永三年(1774)建築の座敷棟(町公式)
- 書院は県重要文化財・庭園は県名勝(平成3年指定)
- 一般公開は毎月第2・4土曜日の前日から4日間・無料(町公式)
01 / 旧千葉家住宅
海田は西国街道の宿場町。千葉家(屋号は神保屋)は酒造業のかたわら、広島藩の天下送り役・宿送り役など宿駅の要職を勤めた。安永三年(1774)建築の座敷棟は数寄屋風で、欄間に芦雁や波兎、雲竜がみられる。書院は県の重要文化財、泉庭は県の名勝。
02 / 畝観音免古墳群

畝二丁目の日浦山南側にある畝観音免古墳群。第一号古墳の横穴式石室は高さ2.1m、幅1.9m、全長8.1mで、須恵器や土師器、鉄製品が出土した。町の通史は、石室の規模から、この地域に有力な豪族がいたことがわかるとする。
03 / 織田幹雄
海田市町(現在の海田町)出身の織田幹雄は、1928年のアムステルダム大会の三段跳で15m21を跳び、日本人初のオリンピック金メダリストとなった。毎日ノートに書き留めた記録から、3度のジャンプの比が6:4:5のとき距離が最も伸びることが分かった。
くらし
面積13.79km²。北に日浦山(345.9m)、東西に洞所山と金ヶ灯籠山の連峰が町境をなし、中央を瀬野川が流れて海田湾に注ぐ。かつての町の中心は日下橋付近の二日市で、川の土砂で陸が延びるにつれ、河口に近い海田市へ移った。
2015年より +3.4%
30,047 → 29,636人
うち可住地 7.19km²
2024年
1世帯 2.3人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 12.1
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
4.8km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。