標津町・旧根室標津駅転車台
よみもの

01693 / しべつちょう

北海道 標津郡

標津町

海と山をつないだ線で、機関車の向きを変える台。

旧根室標津駅転車台

Photo by MaedaAkihiko (CC BY-SA 4.0)

01 / 標津遺跡群

埋まりきらない竪穴住居跡が、くぼみとして地表に見える。

標津遺跡群の伊茶仁カリカリウス遺跡は、古代の竪穴住居跡が地表のくぼみとして観察できる国指定史跡です。町公式は、およそ一万年前からほぼ途切れず人が暮らし続けた跡と記し、竪穴が多く残った理由の一つに、遺跡周辺のわき水を挙げます。

  • 国指定史跡
  • 竪穴のくぼみが地表に見える
  • 遺跡周辺にわき水80か所以上(町公式)

02 / 標津川

町名は、アイヌ語の「大きい川」に由来すると町公式は記す。

標津町の標津川
Photo by Highten31 (CC BY-SA 3.0)

町公式は、標津の語源をアイヌ語の「シ(大きい)ベツ(川)」と記し、町の概況では「サケのいるところ、大川、または本流」の意味と説明します。元禄年間に松前藩が幕府へ差し出した絵図には「ちべ内」とあり、明治2年に標津の漢字が当てられました。

  • 語源は「シ(大きい)ベツ(川)」(町公式)
  • 絵図に「ちべ内」(元禄年間)
  • 明治2年に標津の漢字

03 / 標津番屋屏風

幕末の標津を描いた屏風にも、神社の脇の錨が描かれている。

標津町の標津番屋屏風
Photo by Unknown Edo-period artist (Public domain)

標津番屋屏風は、幕末の標津を描いた屏風です。観光協会は、原画は新潟にあると記します。文化遺産オンラインは、新潟市の西厳寺が所蔵する幕末の屏風にも、標津神社の脇に置かれた錨が描かれていると記します。

  • 幕末の標津を描いた屏風
  • 原画は新潟にある(観光協会)
  • 標津神社の四爪鉄錨は町指定(平成29年)

空から見た標津町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年8月〜9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

駅の無い町。別保駅前から、バスで135分。

  • 人口5千人規模
  • 郡部の町

町内に鉄道の駅は無く、阿寒バスの釧路標津線が、根室本線の別保駅前から標津営業所まで、乗り換えなしで135分です。毎日運転の便のうち、いちばん速い便で数えました。町の文化財保存活用地域計画は、最寄りの鉄道駅を標茶駅か釧路駅と記します。

住んでいる人
5,023人
19952020

2015年より −4.2%

7,087 → 5,023人

面積
624.69km²

うち可住地 212.47km²

2024年

世帯数
2,206世帯

1世帯 2.3人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所2

人口1万人あたり 6.0

2023年

面積624.69km²うち可住地212.47km² / 34%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの標津町43.661°N 145.131°E
東京大阪標津町
標津町役場
標津町役場2013年
  • 別保まで路線バス135分

所要時間は阿寒バス『釧路羅臼線・釧路標津線』日本語PDF(https://www.akanbus.co.jp/route/pdf/time/rausu.pdf・紙面2024/10/1・Last-Modified 2024-10-01)の便3(別保駅前8:40→標津営業所10:55)と便9(別保駅前14:10→標津営業所16:25)はどちらも135分。★(土日祝運休)の無い毎日運転の便。2026-10-29 に PDF と阿寒バスの定期路線バスの頁(同じ路線を掲載)を確認。(2026-10-29 確認)。時間帯により異なります。

かたち

5市町村に、接している。

標津町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成湖沼:国土数値情報(湖沼データ)(国土交通省)を加工して、まちがたりが作成。 この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図25000(空間データ基盤)、数値地図25000(地名・公共施設)を使用した。(承認番号 平27情使、第585号)

南北のながさ

37.7km

標津町は、こういう町です。

  1. 01旧根室標津駅転車台は、昭和12年に全線開通した国鉄標津線の根室標津駅にあった転車台で、町が平成14年に町指定史跡とし、保存会の整備でSL C11 224が転車台の場所へ移された
  2. 02標津遺跡群の伊茶仁カリカリウス遺跡は竪穴住居跡がくぼみとして地表に見える国指定史跡で、町名の語源は町公式によればアイヌ語の「シ(大きい)ベツ(川)」
  3. 03標津番屋屏風は幕末の標津を描いた屏風で、神社の脇の錨が描かれていると文化遺産オンラインは記し、町に駅は無く、別保駅前から阿寒バスで135分

気になったら、町に聞いてみませんか。