01 / 冨木八朔祭礼
女神に会いに、男神が御輿で渡った。それが祭りの始まりといわれる。
増穂浦に流れ着いた男神は、住吉神社の女神に助けられ夫婦になったと伝わる。年に一度、旧暦八月朔日に女神との逢瀬のため神輿で渡ったことが、冨木八朔祭礼の始まりといわれる。2025年は8月23・24日、氏子の家に神輿が一晩とどまる「御宿」が受け継がれた。
- 増穂浦に漂着した男神と住吉神社の女神の逢瀬と伝わる
- 旧暦八月朔日に神輿で渡る神事
- 2025年8月23・24日に実施
01 / 冨木八朔祭礼
増穂浦に流れ着いた男神は、住吉神社の女神に助けられ夫婦になったと伝わる。年に一度、旧暦八月朔日に女神との逢瀬のため神輿で渡ったことが、冨木八朔祭礼の始まりといわれる。2025年は8月23・24日、氏子の家に神輿が一晩とどまる「御宿」が受け継がれた。
02 / 旧福浦灯台

明治9年(1876)、日野吉三郎が建てた高さ約5mの木造灯台。内部は三層で、1952年まで76年間、船に位置を知らせた。棟を支える棟木に記された墨書から、建てた大工の名が近年分かった。
03 / 義経の舟隠し・ヤセの断崖

兄・源頼朝の追手を逃れる源義経主従が、奥州へ向かう途中に舟を隠したと伝わる入江。沖からは見えにくい細長い地形で、48隻もの舟を隠したという。隣には高さ35mのヤセの断崖が続き、遊歩道でつながっている。
くらし
増穂浦海岸には、1987年に地元有志ら延べ830人が「日本海に沈む夕日を見てほしい」と作った、全長460.9mの「世界一長いベンチ」が続く。1989年にギネス認定された名を持つベンチで、夕日の名所として親しまれている。
2015年より −8.8%
23,790 → 18,630人
うち可住地 85.53km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
全国平均 6.1万円
2023年
人口1万人あたり 7.0
2023年
人口は2005年以降(市域変更)。2005-09-01 に新設合併(富来町)。2005年調査から市域が変わっている。
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
32.1km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。