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よみもの

46530 / とくのしまちょう

鹿児島県 大島郡

徳之島町

ソテツのトンネルが、約200mにわたる。

金見ソテツトンネル

Photo by Kotaro - User: (WT-shared) 耕太郎 at wts wikivoyage (CC BY-SA 4.0)

01 / 井之川夏目踊り

浜下りの夜に、夏目踊りが踊られる。祭りは「夏の正月」とも言われる。

徳之島町の井之川では、先祖へ収穫を感謝する浜下りが三日間行われると県は記します。夜、宝島・伊宝・佐渡の3地区に分かれ、太鼓を合図に男女掛け合いの夏目踊りが始まります。「夏の正月」とも言われ、人々は歳を一つ重ねるそうです。

  • 県指定無形民俗文化財(2001年)
  • 宝島・伊宝・佐渡の3地区
  • 2026年は8月21〜23日

02 / 旧山尋常高等小学校校舎

外観に、隅の柱型を見せる二階建。島内現存最古の鉄筋コンクリート造校舎。

徳之島北東部にある校舎は、1929年(昭和4年)に建てられた鉄筋コンクリート造の二階建です。外観は隅の柱型を見せ、入口に庇を付け、壁面は等間隔に横目地を切ると、文化庁の登録の解説は記します。内部は前面に玄関と階段室を置き、奥を教室とします。

  • 鉄筋コンクリート造2階建
  • 建築面積65㎡
  • 2021年10月14日 国登録有形文化財

03 / 諸田池

寛文10年、代官の時に竣工した池。水が抜かれた浅瀬は、渡り鳥の餌場に。

諸田池は、薩摩藩の新田開発奨励策にのっとり、寛文10年(1670)代官の伊地知筑右衛門の時に竣工しました。水面は約3.7ヘクタールで、40町歩の田地が開発されました。町公式は、道の島(大島郡)で最初に施行された大事業と記し、製糖期のあとは浅瀬が渡り鳥の餌場になるといいます。

  • 寛文10年(1670)竣工
  • 水面面積 約3.7ヘクタール
  • 40町歩の田地を開発

くらし

鹿児島新港の夕方発、翌朝に亀徳港へ。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

徳之島町に鉄道は無く、玄関口は亀徳港です。マルエーフェリーの運航スケジュールでは、鹿児島新港を18時に出る便が、翌朝9時10分に亀徳港へ着きます。運航日は事業者の年間カレンダーで決まり、徳之島空港は隣の天城町にあります。

住んでいる人
10,147人
19952020

2015年より −9.1%

13,640 → 10,147人

面積
104.92km²

うち可住地 49.93km²

2024年

世帯数
4,714世帯

1世帯 2.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院3/診療所4

人口1万人あたり 6.9

2023年

面積104.92km²うち可住地49.93km² / 48%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に、接している。

日本のなかの徳之島町27.727°N 129.019°E
東京大阪徳之島町
徳之島町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

25.3km

天城町・伊仙町

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

徳之島町は、こういう町です。

  1. 01金見のソテツトンネルは、ソテツの群生でできた約200mのトンネル状のアーチで、抜けた先の展望台からはトンバラ岩や遠く奄美大島本島まで見渡せると町公式は記す
  2. 02母間のイシワラにある線刻画の自然石群は、古くは母間を治めるノロの所有地と伝えられ、線刻がいつ掘られたかは伝承がなくはっきりしないと町公式は記す。町指定史跡
  3. 03手々のムチタボリは、お盆の時期に白い布をかぶった男性が女性に扮して集落を回る餅もらい行事で、5集落が県指定の無形民俗文化財「徳之島の餅もらい行事」に入る

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。