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よみもの

46525 / せとうちちょう

鹿児島県 大島郡

瀬戸内町

資盛を祀る社で、紙の面の男たちが舞う。

諸鈍シバヤ|大屯神社

Photo by Suikotei (CC BY-SA 4.0)

01 / 垣漁跡

満潮に石垣へ入った魚を、干潮に取り残して捕った。

図書館・郷土館のサイトは、垣漁を、満潮時に石垣内へ入った魚が干潮で逃げ遅れたところを網などで捕る漁法と記します。瀬戸内一帯では集落で共有されていたようで、いまは木慈と押角の2ヶ所に半壊した石積みが残ると記します。

  • 木慈・押角の2ヶ所
  • 集落で共有されていたようだ
  • 木慈は旧暦5月5日に漁垣を補修

02 / 請島の大山

請島の大山は、入山に池地集落みのり会の同行が要る。

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Photo by tsuda (CC BY-SA 2.0)

請島の大山(ミヨチョン岳)は標高398m、島の最高峰です。町は、町指定地域入山届に関する規則に基づく入山届と、自然を保護するための「池地集落みのり会」の同行を義務付けています。届は入山希望日の2週間前まで。町公式の更新は2026年3月18日です。

  • 標高398m
  • 同行を義務付け
  • 入山届は2週間前まで

03 / 嘉徳遺跡

砂取工事で見つかった砂丘の遺跡の土器が、「嘉徳式土器」と命名された。

1973年、嘉徳集落の砂取工事で偶然見つかった嘉徳遺跡は、嘉徳川の河口付近の砂丘上にあります。調査者が命名した嘉徳式土器は、いまも南西諸島の縄文時代後期(約4,000年前)の指標土器の一つと、図書館・郷土館のサイトは記します。

  • 1973年に発見
  • 縄文時代後期(約4,000年前)
  • 郷土館で出土土器を展示

くらし

鹿児島の南450km、島々の町。

  • 人口9千人規模
  • 郡部の町

瀬戸内町に鉄道は無く、玄関口は古仁屋港です。奄美大島の南部と、加計呂麻島・請島・与路島の4つの島に、大小56の集落があります。町公式は、鹿児島から古仁屋港へ着く船として、フェリーきかいとフェリーあまみを挙げます。

住んでいる人
8,546人
19952020

2015年より −5.5%

12,017 → 8,546人

面積
239.65km²

うち可住地 42.63km²

2024年

世帯数
4,270世帯

1世帯 2.0人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院2/診療所10

人口1万人あたり 14.0

2023年

面積239.65km²うち可住地42.63km² / 18%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 1園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

2市町村に、接している。

日本のなかの瀬戸内町28.146°N 129.315°E
東京大阪瀬戸内町
瀬戸内町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

28.6km

宇検村・奄美市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

瀬戸内町は、こういう町です。

  1. 01加計呂麻島の諸鈍にある大屯神社は、口承で奄美大島に渡ったという平資盛を祀り、境内で国の重要無形民俗文化財の諸鈍シバヤが旧暦9月9日の集落行事の日に踊られる
  2. 02伊須湾に面する網野子では女性のみで踊るアンドンデーが町指定の無形民俗文化財として伝わり、油井の豊年踊りは県指定で、旧暦8月15日に開かれる
  3. 03奄美大島南部・加計呂麻島・請島・与路島に56のシマ(集落)が点在し、1956年に古仁屋町・西方村・実久村・鎮西村が合併してできた

気になったら、町に聞いてみませんか。