Magnolia stellata at Tabika01.jpg
よみもの

24341 / こものちょう

三重県 三重郡

菰野町

四手に似た花が、冷たい湧き水の谷に咲く。

田光のシデコブシ

Photo by Hamachidori (CC BY-SA 3.0)

01 / 菰野藩

藩主の転封もなく、約270年、菰野城は土方氏の居城だった。

見性寺 (三重県菰野町).jpg
Photo by Dr BUER (CC BY-SA 4.0)

初代藩主が慶長5(1600)年に家康から菰野一万二千石を与えられ、12代が明治2(1869)年に廃藩を迎えるまで、藩主の転封はありませんでした。町はこれを江戸時代を通じて見ても珍しいとします。城跡は小学校の敷地で、見性寺には歴代藩主らの墓碑26基が並びます。

  • 約270年間、藩主の転封なし
  • 一万二千石
  • 歴代藩主らの墓碑26基

02 / 五百羅漢

羅漢のほか、閻魔や天照大神の石像も村人の築いた土山に並ぶ。

竹成五百羅漢.jpg
Photo by IshizakiA (CC BY-SA 4.0)

嘉永5(1852)年に竹成出身の和尚が建立を発願し、慶応2(1866)年に完成しました。地元の土を運んで築いた小山の上に469の石像が並び、羅漢像395のほか、閻魔大王や七福神、天照大神などの像も混じります。

  • 県指定史跡 昭和42年指定
  • 小山の上に469の石像
  • 羅漢像395

03 / コモノギク

産地の菰野の名を受けた花が、御在所岳の谷の岩に咲く。

Aster komonoensis (flower).jpg
Photo by Alpsdake (CC BY-SA 4.0)

コモノギクは、御在所岳の谷間の湿気の多い岩の上などで見られ、7月から9月に紫の花が咲きます。産地の菰野にちなんで名付けられ、町の花です。安政5(1858)年に御在所岳周辺へ植物採集に登った様子は、扁額『菰野山采薬』に描かれました。

  • 町の花
  • 花期は7月から9月
  • 安政5(1858)年の植物採集

くらし

西は鈴鹿の山、東は平野。四日市まで10km。

  • 人口4万人規模
  • 郡部の町

三重郡の町で、西に鈴鹿国定公園の山脈、東に平野が広がります。山脈には御在所岳(1,212m)・鎌ケ岳・釈迦ケ岳が並び、三滝川と朝明川が、ゆるやかな丘陵と扇状地をつくります。最寄り駅は近鉄湯の山線の中菰野駅で、役場まで徒歩約15分です。

住んでいる人
40,559人
19952020

2015年より +0.9%

35,117 → 40,559人

面積
107.01km²

うち可住地 53.41km²

2024年

世帯数
15,382世帯

1世帯 2.6人

2020年

家賃(借家の平均)
5.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院1/診療所24

人口1万人あたり 6.2

2023年

面積107.01km²うち可住地53.41km² / 50%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 7園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・4市町村に、接している。

日本のなかの菰野町35.020°N 136.507°E
東京菰野町
菰野町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

11.3km

三重県
四日市市・いなべ市
滋賀県
東近江市・甲賀市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

菰野町は、こういう町です。

  1. 01シデコブシは、細長い花弁が注連縄などの垂れ下がった四手に似ることから名が付いたといわれ、田光の湧水の湿地は、その群落とともに国の天然記念物になっている
  2. 02菰野藩は藩主の転封のないまま明治2年の廃藩を迎え、竹成の五百羅漢は県指定史跡で、町の名を持つコモノギクは町の花
  3. 03湯の山温泉と御在所岳も町内にあり、町公式は三重県北勢部の観光拠点と紹介する

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。