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よみもの

24204 / まつさかし

三重県

松阪市

槇垣が続く石畳の道に、子孫が住む。

御城番屋敷|松坂御城番の組屋敷

Photo by Suikotei (CC BY-SA 4.0)

01 / 埴輪

準構造船を表した大形の埴輪が、船首を古墳に向けて出土した。

宝塚1号墳出土 船形埴輪 (1号船).JPG
Photo by Saigen Jiro (Public domain)

全長140cm、高さ94cm。丸木船に舷側板や竪板を組み合わせた準構造船の構造を伝え、船上には大刀・威杖・蓋を模した別造りの立飾がつく。全体の9割ほどが残る。宝塚1号墳(古墳時代中期前葉)から出て、2024年に国宝となった。

  • 全長140cm・高さ94cm
  • 国宝(2024年指定)
  • 古墳時代中期前葉

02 / 文庫

射和の豪商・竹川竹斎は、私財を投じて文庫を開いた。

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Photo by 勘右衛門 (CC BY-SA 4.0)

嘉永7年(1854)に創設した私立図書館。往時は蔵書が1万冊余りに及んだというが、明治以降に散逸し、いまは約3,000点を蔵する。室町時代の写本『日本書紀神代巻残本』や本居宣長らの自筆稿本類があり、関係資料は県指定有形文化財(2009年)。

  • 1854年 創設
  • 約3,000点を蔵する
  • 県指定有形文化財(2009年)

03 / 行事

絹の和妙と麻の荒妙を、二つの機殿の八尋殿で織る。

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Photo by N yotarou (CC BY 2.5)

「おんぞさん」と呼ばれる御衣奉織行事で、毎年5月1日〜15日と10月1日〜15日に地元の人々が織る。大垣内町の神服織機殿神社は絹、井口中町の神麻続機殿神社は麻。織り上がった布は神職に送られ、皇太神宮の神御衣祭に向かう。市指定無形民俗文化財。

  • 5月・10月の1日〜15日
  • 和妙(絹)と荒妙(麻)
  • 市指定無形民俗文化財

くらし

名古屋から近鉄特急で66分、大阪難波から91分。

  • 人口16万人規模
  • 都心まで90分

近鉄の特急は松阪駅まで乗り換えなしで、近鉄名古屋から最速66分、大阪難波から最速91分(時刻表)。松阪駅は近鉄山田線とJR紀勢本線の駅で、市役所へは徒歩で約15分、鈴の音バス市街地循環線で「市役所前」まで約4分です。

住んでいる人
159,145人
20052020

2015年より −2.9%

168,973 → 159,145人

面積
623.58km²

うち可住地 196.64km²

2024年

世帯数
65,481世帯

1世帯 2.4人

2020年

家賃(借家の平均)
4.5万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院7/診療所142

人口1万人あたり 9.4

2023年

面積623.58km²うち可住地196.64km² / 32%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103

人口は2005年以降(市域変更)。2005-01-01 に新設合併(嬉野町・三雲町・飯南町・飯高町)。2005年調査から市域が変わっている。

待機児童
—保育所等 34園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの松阪市34.578°N 136.528°E
東京松阪市
松阪駅
松阪駅2024年
  • 名古屋まで近鉄特急66分
  • 大阪まで近鉄特急91分

所要時間は近畿日本鉄道『駅の時刻表』(eki.kintetsu.co.jp。ページに「2026/3/14現在」)。近鉄名古屋駅(名古屋線 大阪難波・伊勢中川・五十鈴川・賢島方面)・大阪難波駅(難波線 近鉄奈良・近鉄名古屋・賢島方面)・京都駅(京都線)の発車時刻表を、平日・土休日とも 5時台〜24時台まで30分刻みで引いて列車の一覧を作り、『特急』の列車ごとの停車駅表(T7 ページ。10駅ずつで、続きは『後N駅』を追った)で、起点『発』→松阪『着』を数えた。逆向きは松阪駅(山田線 伊勢中川・白塚・近鉄名古屋・大阪難波・京都方面)の発車時刻表。(2026-10-13 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・7市町村に、接している。

松阪市の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

37.5km

三重県
津市・大台町・多気町・明和町
奈良県
御杖村・東吉野村・川上村

松阪市は、こういう町です。

  1. 01御城番屋敷は、松坂城三ノ丸の石畳の両側に槇垣を巡らして並ぶ組屋敷で、東棟10戸・西棟9戸。松坂御城番を務めた紀州藩士20人とその家族が住み、文久3年(1863)に建築された。いまも子孫が住み、国の重要文化財(2004年指定)
  2. 02松坂城跡は国史跡(2011年指定)、本居宣長旧宅と宅跡は特別史跡(1953年指定)。城下は蒲生氏郷が整え、商人の町として栄えた松阪に、特産の松阪木綿が富をもたらした
  3. 03射和は伊勢商人の町で、水銀を主原料とする軽粉(伊勢白粉)の釜元が、最盛期の室町時代には80以上あったという。最後の釜元の道具類は市の有形民俗文化財。名古屋へは近鉄特急で66分

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。