Onigi Rice Terraces, Hasami, Nagasaki - Apr 4, 2008 (1).jpg
よみもの

42323 / はさみちょう

長崎県 東彼杵郡

波佐見町

棚田の藁が、峠を越えて器の梱包に使われた。

中尾皿山と鬼木棚田

Photo by Barry Silver (CC BY 2.0)

01 / 三領石

寛保2年、三藩の役人が立ち会って、三角柱の石碑を建てた。

村木郷の峠に立つ三方境傍示石(三領石)は、大村藩・佐賀藩・平戸藩の境を示す石碑。三角柱で、高さ約2.2m。焼物の産地に隣接し、燃料の薪などの伐採をめぐる紛争が絶えなかったため、境を明確にする必要があったと県は記す。

  • 寛保2年(1742)建立(県文化財データベース)
  • 県指定史跡(平成27年〈2015〉指定)
  • 高さ約2.2m・安山岩製と推定(同)

02 / 旧中央小学校講堂

吹き抜けの内部は、教会堂を思わせる。昭和12年築の、小学校の講堂兼公会堂。

Former Hasami Chuo Elementary School Hall.jpg
Photo by Ackeyyama (CC0)

昭和12年(1937)に波佐見尋常高等小学校の講堂兼公会堂として建てられた、大型の木造洋館。設計は波佐見周辺で活躍した清水玄治。場所によって天井の材質を変え、音響に配慮している。県の資料は、これほど大型の建物は県内にとどまらず九州でも他に例がないと記す。

  • 昭和12年(1937)建築(県文化財データベース)
  • 国登録有形文化財(平成22年〈2010〉登録)
  • 所有者は波佐見町(同)

03 / 皿山人形浄瑠璃

享保の大飢饉に、興行へ出て食料を得たのが起源とされる。

皿山郷に伝わる人形浄瑠璃。町公式は、享保の大飢饉で郷民が飢えに苦しんだ折、西彼杵半島や五島・平戸へ興行して食料を得て飢えを救ったのが起源とされると記す。県は、享保18年(1733)に始まるといわれ、50個以上の人形が残ると記す。

  • 県指定無形民俗文化財(昭和52年〈1977〉指定)
  • 享保18年(1733)に始まるといわれる(県)
  • 2026年11月の鑑賞会は中止、2027年開催予定(町公式)

くらし

海も駅も無く、低い山に囲まれた町。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

東西10.5km・南北7kmで、北と東は佐賀県の有田町・武雄市・嬉野市に接する。町公式は、長崎県内で海に面していない唯一の町と記す。中央を流れる川棚川の平野は、古くから農業が盛ん。町内に鉄道の駅は無く、町公式はJR有田駅からタクシーで約10分などと案内する。

住んでいる人
14,291人
19952020

2015年より −4%

15,565 → 14,291人

面積
56km²

うち可住地 21.42km²

2024年

世帯数
5,005世帯

1世帯 2.9人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院2/診療所10

人口1万人あたり 8.4

2023年

面積56km²うち可住地21.42km² / 38%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 5園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・5市町村に、接している。

日本のなかの波佐見町33.138°N 129.895°E
東京大阪波佐見町
波佐見町の領域
境界:国土数値情報 N03

南北のながさ

7.2km

長崎県
川棚町・佐世保市
佐賀県
有田町・武雄市・嬉野市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

波佐見町は、こういう町です。

  1. 01波佐見町の東部南端で隣り合う窯業集落の中尾郷と、農業集落の鬼木郷は、令和8年(2026)2月17日に「波佐見中尾皿山と鬼木棚田の文化的景観」として国の重要文化的景観に選定されました。町教委の保存活用計画は、中尾郷から出荷する焼物の梱包材に鬼木郷の稲藁が使用されたこともヒアリング調査から明らかとなっていると記します。
  2. 02村木郷の峠にある三方境傍示石(三領石)は県指定史跡、旧波佐見町立中央小学校講堂兼公会堂は国登録有形文化財、皿山の人形浄瑠璃は県指定無形民俗文化財です。永尾郷には、天井まで残る3室の智惠治登窯跡(県指定史跡)があり、皿山役所跡と三股砥石川陶石採石場跡は国史跡「肥前波佐見陶磁器窯跡」に含まれます。
  3. 03東彼杵郡の町で、西は佐世保市、南は川棚町に接し、北と東は佐賀県に境を接します。永尾郷と三股郷を結んだ稗ノ尾眼鏡橋は、明治41年に石橋へ架け換えられ、いまは稗ノ尾河川公園内に移築されています。天正遣欧少年使節の一員となった原マルチノは、波佐見の生まれと町公式が記します。

気になったら、町に聞いてみませんか。