01 / 三領石
寛保2年、三藩の役人が立ち会って、三角柱の石碑を建てた。
村木郷の峠に立つ三方境傍示石(三領石)は、大村藩・佐賀藩・平戸藩の境を示す石碑。三角柱で、高さ約2.2m。焼物の産地に隣接し、燃料の薪などの伐採をめぐる紛争が絶えなかったため、境を明確にする必要があったと県は記す。
- 寛保2年(1742)建立(県文化財データベース)
- 県指定史跡(平成27年〈2015〉指定)
- 高さ約2.2m・安山岩製と推定(同)
01 / 三領石
村木郷の峠に立つ三方境傍示石(三領石)は、大村藩・佐賀藩・平戸藩の境を示す石碑。三角柱で、高さ約2.2m。焼物の産地に隣接し、燃料の薪などの伐採をめぐる紛争が絶えなかったため、境を明確にする必要があったと県は記す。
02 / 旧中央小学校講堂

昭和12年(1937)に波佐見尋常高等小学校の講堂兼公会堂として建てられた、大型の木造洋館。設計は波佐見周辺で活躍した清水玄治。場所によって天井の材質を変え、音響に配慮している。県の資料は、これほど大型の建物は県内にとどまらず九州でも他に例がないと記す。
03 / 皿山人形浄瑠璃
皿山郷に伝わる人形浄瑠璃。町公式は、享保の大飢饉で郷民が飢えに苦しんだ折、西彼杵半島や五島・平戸へ興行して食料を得て飢えを救ったのが起源とされると記す。県は、享保18年(1733)に始まるといわれ、50個以上の人形が残ると記す。
くらし
東西10.5km・南北7kmで、北と東は佐賀県の有田町・武雄市・嬉野市に接する。町公式は、長崎県内で海に面していない唯一の町と記す。中央を流れる川棚川の平野は、古くから農業が盛ん。町内に鉄道の駅は無く、町公式はJR有田駅からタクシーで約10分などと案内する。
2015年より −4%
15,565 → 14,291人
うち可住地 21.42km²
2024年
1世帯 2.9人
2020年
人口1万人あたり 8.4
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
かたち
南北のながさ
7.2km
区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。
気になったら、町に聞いてみませんか。