白鷹町・深山和紙(楮とノリウツギ)
よみもの

06402 / しらたかまち

山形県 西置賜郡

白鷹町

各家の楮と物々交換して、紙を漉いた。

深山和紙|楮とノリウツギ

Photo by Spyle135 (CC BY 3.0)

01 / 天蚕紬

天蚕糸で一反を織るには、約4000〜5000粒の繭がいる。

町公式の連載(2021年10月)によると、深山地区のしらたか天蚕の会は2haの圃場のクヌギで天蚕を飼い、糸取りから織りまでを町内で行います。繭の収穫は7月下旬から8月上旬です。

  • 圃場は深山地区の2ha
  • 一反に約4000〜5000粒の繭
  • 会員15名(2021年)

02 / 板締小絣

糸を板で締めて染める。絣板づくりは昭和41年に復活。

県指定の名は「本場米琉(白鷹板締小絣)」。県は工程を絣板の製作、板締めの染色、高機の織出しと説明します。絣板をつくる板大工が一時いなくなる危機もありましたが、昭和41年に絣板づくりが復活しました。

  • 県指定 工芸技術 2007年
  • 板締そそぎ染法
  • 絣板づくりの復活 昭和41年

03 / 層塔

七重の層塔の銘文は、天正7年(1579)と読まれる。

常光寺の境内にある石造の七重の層塔で、総高は3.54mです。県の資料は、銘文は剥離が激しく解読が難しいとし、『白鷹町史』の解読では天正7年(1579)の造立のようだと記します。

  • 県指定 建造物 1952年
  • 総高3.54m
  • 常光寺の境内(鮎貝)

空から見た白鷹町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2013年10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

中央を最上川が流れ、山形市まで30km。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町公式は、町域の東部を白鷹丘陵、西部を朝日山系とし、中央を最上川が流れると紹介します。県都の山形市まで30km、米沢市まで約35km。電車の玄関口には、山形鉄道フラワー長井線の荒砥駅を案内します。

住んでいる人
12,890人
19952020

2015年より −9.1%

17,706 → 12,890人

面積
157.71km²

うち可住地 57.02km²

2024年

世帯数
4,389世帯

1世帯 2.9人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院1/診療所8

人口1万人あたり 7.0

2023年

面積157.71km²うち可住地57.02km² / 36%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 4園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

4市町村に、接している。

日本のなかの白鷹町38.183°N 140.099°E
東京大阪白鷹町
白鷹町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

15.6km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

白鷹町は、こういう町です。

  1. 01深山和紙は深山の手漉き和紙で、県指定の工芸技術。町公式によると、原料は楮と粘材のノリウツギのみで、昭和中頃までは各家の楮と物々交換をして紙を漉き、障子紙を多く作った
  2. 02天蚕紬は、深山の圃場で飼う天蚕の糸を織った紬。板締小絣は、糸を板で締めて染める県指定の技で、町内の絣板づくりは昭和41年に復活した
  3. 03鮎貝の常光寺には、天正7年(1579)の銘が読まれる七重の層塔が立つ。山形鉄道フラワー長井線の荒砥駅が電車の玄関口

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。