飯豊町・散居集落(中地区)
よみもの

06403 / いいでまち

山形県 西置賜郡

飯豊町

屋敷林を携えた家々が、田園に点在する。

散居集落|中地区

Photo by 飯豊町観光協会 (CC BY-SA 4.0)

01 / 菅笠

農閑期に菅笠を作ってきた中津川が、花笠まつりの花笠の多くを作る。

中津川地区は県内有数の豪雪地帯で、昔から農閑期の冬に農作業用の菅笠を作り、昭和38年から花笠を作ってきました。県の広報資料は、まつりで使う花笠のおよそ8割(2017年ごろ)を同地区で生産し、材料のスゲの栽培から縫い込みまで各家で手作業で行うと記します。

  • 花笠のおよそ8割(2017年ごろ・県)
  • 昭和38年から花笠を提供
  • スゲの栽培から縫い込みまで手作業

02 / 穴堰

尾根を貫く本坑154mの隧道が、大又沢と白川渓谷をつなぐ。

県の一覧は、飯豊山の中津川登山口7合目(標高1,500m)の横尾根を貫く隧道水路と記します。坑内の高さは1.3〜1.5m、幅70〜82cm。領内のかんがい用水を確保するため寛政11年(1799)に着工し、両側から開削して実働15年で完成しました。

  • 県指定史跡(昭和31年)
  • 本坑の長さ154m
  • 実働15年で完成

03 / 堂と土壇

土壇の中軸線を延ばした先に、中村観音堂がある。

県の一覧は、天養寺観音堂(通称・中村観音堂)を桁行3間・梁間3間の宝形造とし、寛正7年(1466)の扁額から応永21年(1414)の再建が知られると記します。境内入口の側の中村原土壇は、一辺17mの方形外郭を空壕がめぐる史跡です。

  • ともに県指定(昭和27年)
  • 宝形造・桁行3間・梁間3間
  • 土壇は一辺17mの方形外郭

空から見た飯豊町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2019年7月〜9月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

総面積の8割以上が、山林の町。

  • 人口7千人規模
  • 郡部の町

町の移住サイトは、総面積329.41km²の8割以上を山林が占めると案内します。町公式の概要では、東は米沢市と川西町、西は小国町、南は福島県喜多方市、北は長井市に接し、北東部は白川の水を使う農業地帯、南部は飯豊連峰に連なる山岳です。

住んでいる人
6,613人
19952020

2015年より −9.5%

9,538 → 6,613人

面積
329.41km²

うち可住地 54.25km²

2024年

世帯数
2,125世帯

1世帯 3.1人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院0/診療所5

人口1万人あたり 7.6

2023年

面積329.41km²うち可住地54.25km² / 16%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 2園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

1県・5市町村に、接している。

日本のなかの飯豊町38.046°N 139.988°E
東京大阪飯豊町
飯豊町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

33.8km

福島県
喜多方市

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

飯豊町は、こういう町です。

  1. 01田園散居集落は、屋敷林を携えた家々が田園の中に点在する景観で、町公式は中地区の天養寺観音堂近くのホトケヤマ展望台を眺望の場に挙げる
  2. 02中津川地区は農閑期に菅笠を作ってきた地区で、県の広報資料は花笠まつりの花笠のおよそ8割(2017年ごろ)を同地区で生産すると記す
  3. 03飯豊山の穴堰は本坑154mの隧道水路で県指定史跡、天養寺観音堂と中村原土壇も県指定で、土壇の中軸線の延長に観音堂がある

気になったら、町に聞いてみませんか。