米沢市・旧米沢高工本館
よみもの

06202 / よねざわし

山形県

米沢市

正面94メートルにおよぶ、木造の学び舎。

旧米沢高工本館

Photo by Mclarensenna (Public domain)

01 / 直江石堤

橋の架け替えで堤の一部を崩すと、中心から直径1メートル超の巨石が出た。

米沢市の直江石堤
Photo by 掬茶 (CC BY-SA 4.0)

松川に築かれた、直江兼続の計画による石積みの堤防です。台形の断面は上辺約5メートル、下辺約9メートル、高さ約2メートル。海老ケ沢橋の架け替えで一部を切り崩した際、中心部から巨石が次々と出てきました。

  • 長さ1.2キロにわたって石堤が残る
  • 断面は上辺約5m・下辺約9m・高さ約2mの台形
  • 昭和61年に市の史跡に指定

02 / 旧栗子隧道

栗子山を掘り抜く隧道が、明治13年(1880)10月に貫通した。

栗子山の中腹を両側から掘り進め、山形県側から約470メートル、福島県側から約400メートルの地点で、少しのずれもなく結ばれました。アメリカ製の掘削機械を買って工事を進め、翌年に完成しています。

  • 明治13年(1880)10月19日に貫通
  • 山形県側約470m・福島県側約400mの地点で結ぶ
  • アメリカ製の掘削機械を購入

03 / 餐霞館跡

35歳で隠居した上杉鷹山が、亡くなるまでの38年を過ごした住居の跡。

米沢市の餐霞館跡
Photo by 掬茶 (CC BY-SA 4.0)

天明5年(1785)に隠居した上杉鷹山が、米沢城の三の丸に移り住んだ住居の跡です。約3,000坪の敷地に、40あまりの部屋のある平屋が建っていました。昭和45年に庭園が整えられ、顕彰碑が建てられています。

  • 天明5年(1785)、35歳で隠居
  • 敷地は約3,000坪、40あまりの部屋の平屋
  • 昭和45年に庭園を整備し顕彰碑を建立

空から見た米沢市

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2023年6月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

東京から、新幹線で1時間52分。

  • 人口8万人規模
  • 都心まで2時間
  • 新幹線が停まる

東京駅から米沢駅まで、山形新幹線つばさの乗り換えなしの最速は1時間52分です。米沢駅舎は、旧米沢高等工業学校本館をイメージして設計されたと、市が紹介しています。

住んでいる人
81,252人
19952020

2015年より −5.5%

95,592 → 81,252人

面積
548.51km²

うち可住地 133.01km²

2024年

世帯数
33,095世帯

1世帯 2.5人

2020年

家賃(借家の平均)
4.1万円

全国平均 6.1万円

2023年

医療
病院6/診療所58

人口1万人あたり 7.9

2023年

面積548.51km²うち可住地133.01km² / 24%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 20園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

ACCESS

ここから、どこへ。

日本のなかの米沢市37.922°N 140.117°E
東京大阪米沢市
米沢駅
米沢駅2020年
  • 東京まで山形新幹線112分

所要時間はJR東日本『駅の時刻表』2026年11月号(URL に 2611)の米沢駅(コード1648)山形新幹線の下り(平日 1648010・土曜休日 1648011)の列車ページから、東京の『発』→米沢の『着』を数えた($SP/yonezawa/jr/jr_count.py。『毎日』だけに絞った)。毎日運転の最速はつばさ131号(やまびこ131号と併結・列車番号131M/131B)の東京09:24発→米沢11:16着=112分。列車ページ(https://timetables.jreast.co.jp/2611/train/020/021951.html)に運転日の注意書きは無い。下ごしらえで本体が数えた112と一致(2026-10-28 確認)。時間帯により異なります。

かたち

1県・7市町村に、接している。

米沢市の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

28.2km

米沢市は、こういう町です。

  1. 01旧米沢高等工業学校本館は、明治43年(1910)に完成した米沢高等工業学校の木造二階建の本館で、正面の全長が94メートルにおよび、国の重要文化財になっている
  2. 02松川の直江石堤は直江兼続の計画によって築かれた石積みの堤防で、長さ1.2キロにわたって残り市の史跡になっており、明治13年(1880)に貫通した栗子山の隧道は、アメリカ製の掘削機械を使って掘られた
  3. 03上杉鷹山が隠居後に過ごした餐霞館の跡は、約3,000坪の敷地に40あまりの部屋のある平屋があった場所で、昭和45年に庭園が整えられ、顕彰碑が建てられた

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。