川西町・下小松古墳群
よみもの

06382 / かわにしまち

山形県 東置賜郡

川西町

古墳の群れに、秋の七草が自生している。

下小松古墳群

Photo by MChew (CC BY-SA 4.0)

01 / 石塔

町指定の草木塔6基は、1816年から1868年の建立。

草木塔は草や木に宿る魂を供養する塔で、置賜地方に集中すると町は記します。町は2021年に6基を指定しました。瑞光寺のものは、米沢藩の命で境内の杉を伐った供養に建てたと記録に残ります。

  • 町指定有形民俗文化財 2021年3月26日
  • 6基 1816〜1868年の建立
  • 町内で22基を確認(町)

02 / 官衙跡

道伝遺跡の木簡には、寛平八年の年が書かれている。

町の発掘調査報告書(1984年)は、木簡・絵馬・墨書土器から、奈良時代末〜平安中期の官衙跡で、置賜郡衙とも推定できるとします。墨書土器は505点、字種は43を数えます。

  • 報告書 1984年
  • 墨書土器505点・43字種
  • 1号木簡 寛平八年(896年)

03 / 古墳

天神森古墳は全長75.5m。前方部が撥型に広がる。

川西町の古墳
Photo by Loup and Law (CC BY-SA 4.0)

県の資料は、県指定史跡の天神森古墳を、版築で盛土した前方後方墳で、東北地方の前方後方墳では最大級と記します。後方部は長さ43m・幅56m・高さ4.3mで、くびれ部から底に孔のある壺形土器が見つかりました。

  • 県指定史跡 1984年7月17日
  • 墳丘全長75.5m
  • くびれ部から底部穿孔の壺形土器

空から見た川西町

いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます

広域(約6km四方)

近景(約1.5km四方)

いま(2013年10月撮影)1974〜78年撮影

出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))

地理院地図で開く(いま)地理院地図で開く(1974〜78年)

くらし

米沢駅から米坂線で、羽前小松駅まで20分。

  • 人口1万人規模
  • 郡部の町

町公式『役場へのアクセス』は、東京駅から山形新幹線で米沢駅(2時間10分)、米坂線に乗り換えて羽前小松駅(18分)と案内します。JR東日本の時刻表(2026年10月28日確認)では、米沢発の毎日運転の最速は羽前小松着まで20分です。

住んでいる人
14,558人
19952020

2015年より −7.6%

20,764 → 14,558人

面積
166.6km²

うち可住地 86.46km²

2024年

世帯数
4,495世帯

1世帯 3.2人

2020年

家賃(借家の平均)
—
医療
病院2/診療所9

人口1万人あたり 7.6

2023年

面積166.6km²うち可住地86.46km² / 52%
面積と可住地を同じ縮尺でe-Stat B1101 / B1103
待機児童
—保育所等 3園
住宅取得補助
—
年平均気温
—

この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。

かたち

5市町村に、接している。

日本のなかの川西町38.005°N 140.046°E
東京大阪川西町
川西町の領域
境界:「国土数値情報(行政区域データ)」(国土交通省)を加工して作成

南北のながさ

21.3km

区間ごとの所要時間は公式に記載が無いため、出していません。

川西町は、こういう町です。

  1. 01下小松古墳群は川西町の国指定史跡で、県は前方後円墳19基を含む179基と記し、町は200基に及ぶと紹介する。秋の七草など多くの植物が自生し、地元の会が観察会を開く
  2. 02町指定の草木塔6基は1816〜1868年の建立。道伝遺跡は奈良時代末〜平安中期の官衙跡で、置賜郡衙とも推定され、寛平八年の年を記す木簡が出土した
  3. 03天神森古墳は全長75.5mの県指定史跡で、前方部が撥型に広がる。町の玄関口の羽前小松駅へは、米沢駅から米坂線で最速20分

いまの町を、見る。

出典:Wikidata(P2002・P2003・P2013・P2397)

気になったら、町に聞いてみませんか。