01 / 山城跡
城と道を組み合わせた遺構から、領国境の防御のありかたも読み解ける。
村教委は、戦国時代末期に会津の蘆名氏が会津防衛の拠点とした山城と記します。登城路や主郭遺構群が残り、調査で16世紀後葉の蘆名氏による城づくりが明らかになりつつあるといいます。私有地で、降雪期は遺構が雪で見えなくなります。
- 国史跡(令和4年3月15日告示)
- 16世紀後葉の蘆名氏の城づくり
- 城と道を組み合わせた遺構
01 / 山城跡
村教委は、戦国時代末期に会津の蘆名氏が会津防衛の拠点とした山城と記します。登城路や主郭遺構群が残り、調査で16世紀後葉の蘆名氏による城づくりが明らかになりつつあるといいます。私有地で、降雪期は遺構が雪で見えなくなります。
02 / 塩井
村教委のリーフレットは、江戸時代の大塩に塩井があり、塩泉を煮詰める「山塩」づくりが産業になっていたと記します。新編会津風土記は東の井筒を周囲約3.9m、西を約4.5m、深さは共に約3mと伝えます。
03 / 街道
村公式によると、会津藩内本街道五筋の一つで、会津若松から米沢までの約56kmを結びます。選定区間は桧原峠から大塩を通り関屋まで。令和元年10月29日に追加選定され、宿場や一里塚が所々に今も残ると村教委は記します。
いまと1974〜78年。写真を押すと、寄って見られます
広域(約6km四方)
近景(約1.5km四方)
いま(2013年8月〜9月撮影)1974〜78年撮影
出典:国土地理院 地理院タイル(全国最新写真(シームレス)/国土画像情報(第一期:1974〜1978年撮影))
くらし
村内に鉄道の駅は無く、会津バスの喜多方・大塩・裏磐梯線が喜多方駅前から北塩原村役場前へ走ります。2026年10月1日改正の時刻表で、平日用・土日祝用とも同じ時刻の便があり、喜多方駅前発の最速は役場前まで18分です。便数は1日2便と少なめです。
2015年より −9.7%
3,859 → 2,556人
うち可住地 25.64km²
2024年
1世帯 2.5人
2020年
人口1万人あたり 15.6
2023年
この3項目は全国横断のデータ源を探しています。推測値では埋めません。
ACCESS
所要時間は会津バス『喜多方・大塩・裏磐梯線』の時刻表PDF(2026/10/1ダイヤ改正。平日用・土日祝用の2ページ。元日のみ運休)。https://www.aizubus.com/pdf/喜多方裏磐梯_20261001 。『喜多方駅前』→『北塩原村役場前』(2026-10-28 確認)。時間帯により異なります。
かたち
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